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by jmc_music2001jp

《リズム》の問題

 BSで東京JAZZの録画放映と同時に、他局でBrunote Tokyoのジャズバンドの演奏が放映されていました。東京JAZZは海外と日本人の演奏、Brunote Tokyoは全て日本人のプレーヤーです。

 日本人のプレイヤーの場合には、いずれの場合も《リズム》の要素が欠けていて、平板な縦割りのリズムを刻んでいるのが特徴でした。海外のプレイヤーの場合は《リズム》の要素が明確に現れて、音楽的にも自然と納得させられます。

 これら《リズム》の問題は、日本の場合クラシック音楽であろうとJazz、ブラスバンドであろうと共通した傾向で、特にブラスバンドの演奏は見事に<平板な縦割りのリズム>で演奏するのが全国共通の傾向のようです。

 これは言語(日本語)の影響によるものと思われます。日本は狭い島国で、長い歴史を経て自己主張を抑えて皆んな仲良く生きる知恵を働かせてまいりました。「以心伝心」「心遣い」「空気を読む」等、「互いを感じ合う」ことで互いに円満な社会生活を送ることを身につけてまいりした。自分の意思を伝える時に<強い主張>(強いリズム)をしない言語(日本語)を使ってきたのです。

 欧米は多民族が入り混じって生活する環境。互いに考え方の基盤が異なるので、強く表現(強いリズム)しないと互いに伝わらないのです。しっかり伝えようとすると、リズムを強く添えて発言することが当たり前になってきます。

 この《リズム》の要素は、音楽の場合には非常に重要な意味合いを持っています。分かりやすく日本国内で例を引きますと、同じ意味合いの言葉を喋っても「京都人」と「(岸和田辺りの)大阪人」と「江戸っ子」では、異なる《リズム》《抑揚》《アクセント》を伴って喋ります。それぞれの気持ちを<生き生き>と表出するには、これら《リズム》《抑揚》《アクセント》の要素が不可欠、いやこれら《リズム》《抑揚》《アクセント》の要素こそが「気持ちそのもの」とも言えるでしょう。

 ですから音楽における《リズム》《抑揚》《アクセント》を、日本人の場合は特に注意を払って追求しなくてはならないと思います。作曲家の心その物を掘り下げて表出しようとすれば、ゆめゆめ忘れてはならない重要なポイントとなります。
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# by jmc_music2001jp | 2017-10-15 22:03
 秋晴れの晴天が続き、3日連続の<ノルディックウォーク>に出かけました。県民の森の遊歩道、今日はDコースから登り始めて、山中で交差するEコースを辿って幹線の遊歩道を歩き、「大野城歴史散歩道」を下りました。車も通れる道の出ると、坂を下ってスタート地点の駐車場まで。1時間10分の山歩きでした。

 森の中を歩いて気がついたのは、この時期『鳥』の声がしない・・・実に静かな木々の間を抜けながらの山歩き、遠くで高速道路を走るタイヤの音が聞こえていました(ノルディックウォーク・・ちょっとしたマイブームになりそう)。
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# by jmc_music2001jp | 2017-10-11 06:45

こいつァ!いいや!

 ここ一年以上になるけれど、健康維持の為に月一回鍼灸院に通って調整していただいている。そこの先生が先日ノルディックウォークのポールをプレゼントしてくれた。思いがけない事でビックリしたけれど、館内の移動に使っていた。特に階段の上り下りには足への負荷が軽減されて便利に感じていた。

 昨日今日の連休は秋晴れの晴天で、室内で籠っているのが勿体無い気がして、四王寺山にウォーキングに出かけることにした。昨日は山腹の駐車場から遊歩道の幹線となるコースを大きく回って、1時間のウォーキング。今日は体育館の駐車場からスタート、幹線を縦に上がるAコースから登り、幹線を通って、山を降りるEコースから下山した。これも所要時間1時間。

 ノルディックウォークでは、歩行の推進力・登る力・下りの体重を受け止める力それぞれがポールに分散されるので、歩行が非常に楽になる。平地で足踏みする以外の力は、そのほとんどがポールに移されるのではないだろうか。勿論ポールは上半身で操作されるので、歩くことが全身運動に変わる・・ここが素晴らしいところだ。

 理屈を考えてみれば当たり前のようであっても、「考えている」のと<ヤル>のでは大違いで、世界が全く異なる。昨今、誰でもが、分からないことがあると「スマホで検索」・・・となるが、これで<分かった気分>になってしまうのは非常に危険なことだと思う。これで<わかる>のは「氷山の一角」ですらないのではないか?氷山の映像を確認している程度の理解であって、その質感も表面の冷たさも、何一つ<実感>としては理解してはいない。

 ややもすると、仮想現実に包まれた生活にはまってしまいがちな現代生活。特に幼児や低学年の子供が、仮想現実に触れる時間が長いことは、危険極まり無いことだと思う。子供は<現実100%>の中だけで遊び・体験し・考えさせなくてはなりません。その意味で、現代は幼児教育の危機の時代と言えるだろう。
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# by jmc_music2001jp | 2017-10-09 16:29

PerformerとArtist

 BSでソプラノのリサイタルが放映された。シューベルト・バッハ=グノー・マスカーニの「アヴェ・マリア」を続けて歌う。聴いているだけで生理的な心地よさを感じる美声で、技術的にはほぼ満点、天賦の才能に恵まれたソプラノです。ただ残念なのは<マリアを賛美する歌>なのに『賛美の心』も『祈り』も全く聴こえてこなくて、只ただ美声のみ......。他にグノーの「宝石の歌」、技術的には素晴らしいのに・・・「気持ち」が込められていたならなァ......!

 昨今の演奏の傾向、いつからコウなったのだろう?・・最近、そんな演奏ばかりに出会う気がします。民放のBSで「日本の歌」というのがあって、30人くらいの混声合唱で唱歌などを歌っているのだけれど、コレが見事に『何も考えていない』と言う代物です・・<声を響かそう>とでも思っているのでしょうかねェ?・・・何を歌っても、皆同じ。意味も無い、ヤタラ強い響で・・・食感だけはイイのだけれど、<味>が全く無くて、何を食べているのか皆目分からない。

 前述のリサイタルでアンコールにプッチーニ「ラ・ボエーム」の<ムゼッタのワルツ>が歌われましたが、コレは素晴らしかった!最高音のBの響が少し割れたのが残念ではあったけれど、天から与えられた美貌と女性的魅力を振りまきながら歌うアリアは、その「何も考えていない」点までを含めて、正にムゼッタそのもの!本物のムゼッタが舞台に現れて歌っているかのようでした。

 せっかく音楽をやっているのだから、『願い』や『想い』『喜怒哀楽の感情』に目を向けて、もっともっと其れ等を外に出そうとするべきではないのでしょうか?これは勿論、歌だけに限るものではありませんが......。
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# by jmc_music2001jp | 2017-10-06 19:26
 私のPCのデータ保管は10個のハードディスクによる分散管理方式をとっています。2テラのHDを2台、1テラを2台、500ギガを6台。第1次には500ギガ、第2次に500ギガと1テラ、第3次に1テラと2テラ。通常は第1次のHDを使用し、そのバックアップと更にバックアップを第2次・第3次のHDに担当させています。

 なぜそれ程に分散管理するのかと言えば、<機械は必ず壊れる>から・・・。どのような事態が発生しても<情報だけは絶対に失わない>体制を整えているのです。3日前、500ギガのHD1台に不具合が発生しました。翌日1テラのHDを購入して2日掛で全データの完全バックアップを完了させました。これで一安心、明日から新しい作業にとりかかれます。

 このところ<金子みすず>の詩のデータベス化に取り組んでいて、第一段階の作業を終えたところです。明日からしばらくはホームページ制作に取り組もうと思います。未だまだ10%くらいしか出来ていませんし、作り直しが必要な箇所もあります。

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# by jmc_music2001jp | 2017-10-05 00:06
jmc音楽研究所の室内楽シリーズ、Concert 《音の星座》 Vol.Ⅷが11月19日(日)jmc音楽研究所2Fホールにて下記の通り開催されます。

Concert 《音の星座》 Vol.Ⅷ  ピアノ・トリオの夕べ

メンデルスゾーン ピアノ・トリオ No.2 ハ短調 Op.66
ラヴェル     ピアノ・トリオ  イ短調

ピアノ:大畑康子 ヴァイオリン:緒方愛子 チェロ:宮田浩久

平成29年11月19日(日)PM6:00開場 PM6:30開演
会場:jmc音楽研究所2Fホール
主催:ジェイエムシー音楽研究所
入場料:大人3,000円 中学生以下 2,000円
お申し込み:Tel.092−575−3267 Fax.092ー581ー0136
<E-mail> jmc@jmcmusic2001jp.com jmc_music2001jp@ybb.ne.jp
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# by jmc_music2001jp | 2017-09-20 11:17
 このところ<金子みすず>の詩を収集しているのだけれど、やってみてトンデモナイことになっている。<金子みすず>の詩はほんの一部しか知らなかったけれど、調べてみると、何と500以上も詠んでいるらしい。

 詩をカードにして、KJ法を使って<同じ背景>を持つもの同志をグループ化して見ようと思っています。その先に<金子みすず>の<心の地図>が見えてくるのではないか?・・・詩同志が一つの星座を形作り、星座同志が<金子みすず>の<心の宇宙>を形成するのではないか・・・と期待しているのです・・・が、一つ一つ現れる詩の世界がトンデモナイことになっていて、無論まだまとまった事は何一つ言えないのだけれど、<金子みすず>の『魂』がとらえた宇宙が余りにも美しいのに、心が締め付けられる程の思いがします。

 永年想い続けているコトだけれど・・・今一番大切な事は『魂の復権』ではないだろうか?かつての巨匠のように『音楽を魂で捉える』こと・・・現代の演奏の多くが<パフォーマンス>に終始しているように思われる。<宗教音楽>にさえ『祈り』が聴こえてこない......。

 このような時代に<金子みすず>が『魂で見据えた世界』に光をあてるコトは、大いに意味あるコトだと思う。人々が<自らの内にある魂>の存在への気づきを得れば、漂流する社会への羅針盤となるのではないだろうか?
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# by jmc_music2001jp | 2017-09-17 00:17

金子みすずの〝詩〟

 昨日から金子みすずの詩集を入手して、情報の収集とデータ化の作業にとりかかっています・・・と言うのも、かなり以前より金子みすずの詩と音楽を融合させる舞台を作りたいとの願いを持ち続けていたからです。

 金子みすずの詩は、非常に多くの作曲家が歌曲として取り上げています。個々の歌曲そのものについては調べておりません、だから知りません。おそらくソプラノが歌うのでしょうが、大人が歌って『金子みすずの魂』が表現又は出現するとは思われないのです。かつて芝居も見ましたが、それも<嘘>でした。You Tubeで検索して見ましたが、何処にでもあるようなメロディーに金子みすずの歌詞を載せた代物で・・・こう言うのは「替え歌」と何ら変わることはありません(問題外です)。

 金子みすずの《ピュアな魂》の見ているものは、「この世の真実」そのものです。<真実>は「見えるもの」「感じるもの」そのものにあって、それ以上でもそれ以下でも無い。何の説明も解説もない「見えるもの」そのものが<真実>そのものであり、「見えるもの」の背景に<創造主>や<神>への畏敬の念は感じても、人間がとやかくソレを説明したり解説したりは出来ないものです。それ以上に、人間には『何も解っていない!』のですから.....。

 人間の「目に見える」もの、「心に感じる」もの、そして「想像と空想できる力」!これら全ては、当人にとっての紛れもない<真実>でしょう。金子みすずの詩は我々自身を<真実>の原点に引き戻してくれます。それを「物知りの輩」が語ろうが、「したり顔の歌手」が歌おうが<お門違い>・・・どだい無理な話です。

 金子みすずの『魂』は、同じ視点を持った幼児(幼稚園〜小学校低学年)の<語り>(朗読・群読)によってしか表出されないのではないか.....永年そう思い続けてまいりました。それと音楽を融合させた舞台・・・それが狙いです。それをクラウドファンディングで実現させようと考えています。発表演奏会まで3年かかるのではないでしょうか。
<金子みすず>
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# by jmc_music2001jp | 2017-09-12 01:56
 少しづつ制作を進めている研究所のホームページですが、昨日トップページから辿れる<会社概要>を作りました。所在や電話・アドレス等の情報の他、<社是>や<業務内容>等々。それから私の写真や経歴、更に著作物や雑誌への掲載記事をPDF冊子にして閲覧できるように配置しました。

 《音楽プラットホーム》構築を目指して作業を進めていますが、「日暮れて、道遠し」の感があります。見えぬ物に目を凝らして、暗闇の向こうから答えが姿を現してくれることを祈るばかり・・・。

 さて、電子書籍販売の<フィールヴェーク書店>を作りましたが、最初の入り口を『音楽市場』として、その中に様々なお店を設置できるように模様替えして見てはどうか・・と考えています。その中に「音楽書」「楽譜」のお店を置いて、その他に色々のお店が軒を連ねるようにしたら、楽しいのではないか・・・。

 『音楽市場』のトップ画像は、前回バルセローナを訪れた時に訪問した大きな市場での写真。大きな市場の賑わいや雰囲気を感じさせる<音楽市場>ができたら楽しいと思う。

<会社概要>URL  https://www.jmcmusic2001jp.com/gaiyou

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# by jmc_music2001jp | 2017-09-06 12:39
 1977年・1978年、読売日本交響楽団は最後の巨匠セルジュ・チェリビダッケを招聘いたしました。チェリビダッケは招聘にあたっての条件として、日本の音楽家・学習者を対象とした講習会を開催することを求めました。この1週間ほどの講習会を2回、ウィーンに留学してからは、ミュンヘン・フィルハーモニーを使っての3週間の講習会を2度にわたって受講いたしました。

 音楽の根源的な事柄から演奏(指揮)する実際に関わることまで、本当に広く深く様々な学びをえることができました。私は<演奏のテクニック>の根本原理を齋藤秀雄さんから学び、<音楽理論>の根本をS.チェリビダッケ先生から学び、この二人から学んだものが私の<音楽の根幹>を形成していると思っています。

 ミュンヘン・フィルハーモニーでの講習会では、生徒が実際にミュンヘン・フィルを指揮して、チェリビダッケ先生が演奏を止めて受講生に<デンポはどうだ?>と訊ねます。そこで生徒が手をあげて「遅すぎる」と言うと「それではお前が振れ...」・・と言った具合で講義が進行します。

 一つの楽曲には<絶対的な一つのテンポ>がある・・・「ヴァス・イスト・ダス・テンポ?」。<テンポ>と<人の心情>との絶対的な関係・・・音楽の原理の<重大な核心>の一つがここに存在します。

 今、「三次元」の座標軸を設定しましょう。その座標軸の<0点>は「Moderato」(中庸・・人間の感情が、喜びすぎず、悲しみすぎず、波風が立たず最も安定した状態を示します)。そこから下方に「Andannte」「Lento」「Adagio」「Largo」とテンポが遅くなります。反対に上方に「Allegro」「Vivace」「Presto」とテンポが早くなります。<人の心情>と<心拍数>の関連にも見られるように、その音楽に内包される心情がテンポと深く関係しています。

 一方、<曲想>を示す用語があります。cantabile(歌うように)とかgiocoso(おどけて)とかrisoluto(決然と)・・とか。これら人間の感情の広がりは、座標軸の水平方向に<喜怒哀楽>の広がりを持っています。これらの<曲想>を示す用語は、基本である<テンポ>のレベルの水平方向の<喜怒哀楽>に展開して存在します。

 <人間の心>という<宇宙>の、垂直方向に<テンポ>の軸、それらの各テンポの<喜怒哀楽>の水平方向に「曲想を示す用語」が位置します。こうして<音楽>は<心の宇宙>を現すことを可能としているのです。
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 「曲想を示す用語」は心の宇宙に広く分布しているのですが、宇宙の星(星雲)を地球から見た時に、実際の地球からの距離に関係なく、一つの<星座>のように見えてしまいます。それをVierWeg楽典「上級-1」第16章「曲想を示す用語』では以下のようにまとめています。
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# by jmc_music2001jp | 2017-09-03 20:09