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by jmc_music2001jp

<オーケストラを守れ> (其の2)

 番組のノルウェーのオーケストラで、楽員による信任投票が行われ、指揮者不支持の<NO>が突きつけられました。しかし、このようなコトが起こるようになったのは第2次世界大戦後のことで、戦前のオーケストラでは、そもそも発生の可能性すら無かったのです。

 ヒットラー、ムッソリーニ等の独裁者を体験した欧米社会は、2次大戦後に独裁者アレルギーとも言える感情に支配されました・・・・「独裁者はもうコリゴリ」・・と言う訳です。これが<民主的なオーケストラ経営>と言う意識を芽生えさせたのです。ロシアにおいてさえ「そもそも指揮者という存在が君臨すること自体がケシカラン」・・・となって、<指揮者の居ないオーケストラ>を運営しようとする試みまでが生まれています。しかし、程なく「ソレではオーケストラとして成立しない」と言う事が判明、失敗に終わりました。

 音楽の感性は十人十色、テンポ感もリズム感も全ての音楽家で相互に異なっています。そもそも指揮者が出現したのは、楽団が集団として大きくなってきたことで、集団を代表する<解釈者>を立てなくては<音楽集団>として成立できなくなったという経緯があるのです。

 オーケストラの指揮者の役割に近いものを、現代の社会の中に見つけるならば、私は軍隊の指揮官の役割が最も近いもののように思います。個々の兵器が優れているのは当然として、それを操作する兵隊の技能も優秀でないと戦いには勝てません。非常に多くの要素が複雑に絡み合ったバランスの上に、状況が判断され作戦が実行されます。作戦命令に即座に反応して、的確な戦闘行為を具体化させる機動力が求められます・・・この内のどこか一つがつまづいても、戦争に敗れます・・・・。

 ところで<民主的な軍隊>と言うものを想定できるでしょうか?<作戦>について、兵隊の「投票」過半数で決定する・・・トカ、「突撃命令」が出されても、中には<俺ヤダよ>と自己主張する兵士が居たり・・・トカ。本物の軍隊でしたら百戦百敗になって、しかも死者が沢山でるので、即座に改革の手段が講じられますヨネ・・・。

 しかし、オーケストラでは死者が出るわけではないし、「通り一遍のツマラン演奏会だったなぁ〜」くらいで済んでしまうせいで、それほど大きな問題にはならないのです。練習中の指摘が細かすぎると感じたり、ウットオシイと感じたりした楽員の声が、今回のように信任投票につながりソレが有効に働くような事態では、指揮者には<音楽上の指揮権>が与えられてナイと言う事になります。そのくせ指揮者の地位を与えているのですから、これはもう楽団経営者の責任と言えるでしょう。

 大戦後の<民主的>空気の中で、なんとなく行われて来たオーケストラ経営。しかしソレは交響楽と言う音楽ジャンルから<輝かしい芸術的勝利>を獲得するには、余りにも不十分な経営理念のもとでおこなわれてまいりました。音楽とは何か・生演奏とは何か・オーケストラとは何か・社会とは何か・・・・何か・何か・何か・・・もっともっと思索を重ね、深い理念を確立した後に、オーケストラの経営に携わるべきでありましょう。

 
by jmc_music2001jp | 2009-06-24 00:46 | 芸術随想