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by jmc_music2001jp
jmc音楽研究所の室内楽シリーズ、Concert 《音の星座》 Vol.Ⅷが11月19日(日)jmc音楽研究所2Fホールにて下記の通り開催されます。

Concert 《音の星座》 Vol.Ⅷ  ピアノ・トリオの夕べ

メンデルスゾーン ピアノ・トリオ No.2 ハ短調 Op.66
ラヴェル     ピアノ・トリオ  イ短調

ピアノ:大畑康子 ヴァイオリン:緒方愛子 チェロ:宮田浩久

平成29年11月19日(日)PM6:00開場 PM6:30開演
会場:jmc音楽研究所2Fホール
主催:ジェイエムシー音楽研究所
入場料:大人3,000円 中学生以下 2,000円
お申し込み:Tel.092−575−3267 Fax.092ー581ー0136
<E-mail> jmc@jmcmusic2001jp.com jmc_music2001jp@ybb.ne.jp
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# by jmc_music2001jp | 2017-09-20 11:17
 このところ<金子みすず>の詩を収集しているのだけれど、やってみてトンデモナイことになっている。<金子みすず>の詩はほんの一部しか知らなかったけれど、調べてみると、何と500以上も詠んでいるらしい。

 詩をカードにして、KJ法を使って<同じ背景>を持つもの同志をグループ化して見ようと思っています。その先に<金子みすず>の<心の地図>が見えてくるのではないか?・・・詩同志が一つの星座を形作り、星座同志が<金子みすず>の<心の宇宙>を形成するのではないか・・・と期待しているのです・・・が、一つ一つ現れる詩の世界がトンデモナイことになっていて、無論まだまとまった事は何一つ言えないのだけれど、<金子みすず>の『魂』がとらえた宇宙が余りにも美しいのに、心が締め付けられる程の思いがします。

 永年想い続けているコトだけれど・・・今一番大切な事は『魂の復権』ではないだろうか?かつての巨匠のように『音楽を魂で捉える』こと・・・現代の演奏の多くが<パフォーマンス>に終始しているように思われる。<宗教音楽>にさえ『祈り』が聴こえてこない......。

 このような時代に<金子みすず>が『魂で見据えた世界』に光をあてるコトは、大いに意味あるコトだと思う。人々が<自らの内にある魂>の存在への気づきを得れば、漂流する社会への羅針盤となるのではないだろうか?
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# by jmc_music2001jp | 2017-09-17 00:17

金子みすずの〝詩〟

 昨日から金子みすずの詩集を入手して、情報の収集とデータ化の作業にとりかかっています・・・と言うのも、かなり以前より金子みすずの詩と音楽を融合させる舞台を作りたいとの願いを持ち続けていたからです。

 金子みすずの詩は、非常に多くの作曲家が歌曲として取り上げています。個々の歌曲そのものについては調べておりません、だから知りません。おそらくソプラノが歌うのでしょうが、大人が歌って『金子みすずの魂』が表現又は出現するとは思われないのです。かつて芝居も見ましたが、それも<嘘>でした。You Tubeで検索して見ましたが、何処にでもあるようなメロディーに金子みすずの歌詞を載せた代物で・・・こう言うのは「替え歌」と何ら変わることはありません(問題外です)。

 金子みすずの《ピュアな魂》の見ているものは、「この世の真実」そのものです。<真実>は「見えるもの」「感じるもの」そのものにあって、それ以上でもそれ以下でも無い。何の説明も解説もない「見えるもの」そのものが<真実>そのものであり、「見えるもの」の背景に<創造主>や<神>への畏敬の念は感じても、人間がとやかくソレを説明したり解説したりは出来ないものです。それ以上に、人間には『何も解っていない!』のですから.....。

 人間の目に見えるもの、心に感じ取れるもの、そして「想像と空想できる力」!これら全ては、当人にとっての紛れもない<真実>でしょう。金子みすずの詩は我々自身を<真実>の原点に引き戻してくれます。それを「物知りの輩」が語ろうが、「したり顔の歌手」が歌おうが<お門違い>・・・どだい無理な話です。

 金子みすずの『魂』は、同じ視点を持った幼児(幼稚園〜小学校低学年)の<語り>(朗読・群読)によってしか表出されないのではないか.....永年そう思い続けてまいりました。それと音楽を融合させた舞台・・・それが狙いです。それをクラウドファンディングで実現させようと考えています。発表演奏会まで3年かかるのではないでしょうか。
<金子みすず>
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# by jmc_music2001jp | 2017-09-12 01:56
 少しづつ制作を進めている研究所のホームページですが、昨日トップページから辿れる<会社概要>を作りました。所在や電話・アドレス等の情報の他、<社是>や<業務内容>等々。それから私の写真や経歴、更に著作物や雑誌への掲載記事をPDF冊子にして閲覧できるように配置しました。

 《音楽プラットホーム》構築を目指して作業を進めていますが、「日暮れて、道遠し」の感があります。見えぬ物に目を凝らして、暗闇の向こうから答えが姿を現してくれることを祈るばかり・・・。

 さて、電子書籍販売の<フィールヴェーク書店>を作りましたが、最初の入り口を『音楽市場』として、その中に様々なお店を設置できるように模様替えして見てはどうか・・と考えています。その中に「音楽書」「楽譜」のお店を置いて、その他に色々のお店が軒を連ねるようにしたら、楽しいのではないか・・・。

 『音楽市場』のトップ画像は、前回バルセローナを訪れた時に訪問した大きな市場での写真。大きな市場の賑わいや雰囲気を感じさせる<音楽市場>ができたら楽しいと思う。

<会社概要>URL  https://www.jmcmusic2001jp.com/gaiyou

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# by jmc_music2001jp | 2017-09-06 12:39
 1977年・1978年、読売日本交響楽団は最後の巨匠セルジュ・チェリビダッケを招聘いたしました。チェリビダッケは招聘にあたっての条件として、日本の音楽家・学習者を対象とした講習会を開催することを求めました。この1週間ほどの講習会を2回、ウィーンに留学してからは、ミュンヘン・フィルハーモニーを使っての3週間の講習会を2度にわたって受講いたしました。

 音楽の根源的な事柄から演奏(指揮)する実際に関わることまで、本当に広く深く様々な学びをえることができました。私は<演奏のテクニック>の根本原理を齋藤秀雄さんから学び、<音楽理論>の根本をS.チェリビダッケ先生から学び、この二人から学んだものが私の<音楽の根幹>を形成していると思っています。

 ミュンヘン・フィルハーモニーでの講習会では、生徒が実際にミュンヘン・フィルを指揮して、チェリビダッケ先生が演奏を止めて受講生に<デンポはどうだ?>と訊ねます。そこで生徒が手をあげて「遅すぎる」と言うと「それではお前が振れ...」・・と言った具合で講義が進行します。

 一つの楽曲には<絶対的な一つのテンポ>がある・・・「ヴァス・イスト・ダス・テンポ?」。<テンポ>と<人の心情>との絶対的な関係・・・音楽の原理の<重大な核心>の一つがここに存在します。

 今、「三次元」の座標軸を設定しましょう。その座標軸の<0点>は「Moderato」(中庸・・人間の感情が、喜びすぎず、悲しみすぎず、波風が立たず最も安定した状態を示します)。そこから下方に「Andannte」「Lento」「Adagio」「Largo」とテンポが遅くなります。反対に上方に「Allegro」「Vivace」「Presto」とテンポが早くなります。<人の心情>と<心拍数>の関連にも見られるように、その音楽に内包される心情がテンポと深く関係しています。

 一方、<曲想>を示す用語があります。cantabile(歌うように)とかgiocoso(おどけて)とかrisoluto(決然と)・・とか。これら人間の感情の広がりは、座標軸の水平方向に<喜怒哀楽>の広がりを持っています。これらの<曲想>を示す用語は、基本である<テンポ>のレベルの水平方向の<喜怒哀楽>に展開して存在します。

 <人間の心>という<宇宙>の、垂直方向に<テンポ>の軸、それらの各テンポの<喜怒哀楽>の水平方向に「曲想を示す用語」が位置します。こうして<音楽>は<心の宇宙>を現すことを可能としているのです。
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 「曲想を示す用語」は心の宇宙に広く分布しているのですが、宇宙の星(星雲)を地球から見た時に、実際の地球からの距離に関係なく、一つの<星座>のように見えてしまいます。それをVierWeg楽典「上級-1」第16章「曲想を示す用語』では以下のようにまとめています。
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# by jmc_music2001jp | 2017-09-03 20:09
 今朝、私のブログ<最新情報>への訪問者数が延べ11万人をカウントいたしました。昨年12月31日に延べ10万人に到達したので、丸8か月で一万人の読者が訪問してくれたことになります・・・本当に!ありがたい事ですねぇ!皆様に感謝申し上げます。

 このブログをスタートさせたのが2005年4月でした。その頃、電子書籍の出版に取り組み始めていて、いずれ完成した折に皆さんに周知する手段の一つとして考えたのが<最新情報>のブログでした。延べ11万人の方々に訪問していただいて、只々感謝の気持ちで一杯です。

 スタート時に見つけた<音楽ブログランキング>に登録して、以来訪問者の数が11万人をカウントしたわけです。電子書籍を刊行して<最新情報>に案内すると、10日間ほどトップに表示されて驚いた思い出があります。

 登録以来、ずっと不思議に思っている事があります。それは<投票ボタン>のこと・・・いわゆる<イイネ!>ボタンと一緒で、読者がボタンを「ポチっ」っと押すとランキングにカウントされるしくみなのですが、登録はしたもののボタンの設置はなんとなく気が乗らなかったものですから、ブログ内への設置はしないままでした・・・それでも、ランキングには訪問者のカウントが増えて行ったので、「どんな仕組みなんだろう?」・・と長いこと・・未だに不思議のママです。
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# by jmc_music2001jp | 2017-09-01 10:06
 このところ電子書籍の<楽典>「上級-1」に取り組んでいます。本編各章についてはすでに原稿は出来上がっていて、今は各章の<演習課題>の制作に取り掛かっております。

 <演習課題>の制作にあたっての基本方針は「章の内容を頭の中に整理収納させる」為の課題である事。入試の設問のように、何段階かの<捻り>が掛けられた問題にはしないと言う点です。

 今、指導している音楽高校の生徒がいますが、学校の楽典の授業の内容を見せてもらったら、屈折した切り口の上に突然難しすぎる(ずっと後で学ぶべき)内容が含まれた課題を説明していました・・・「お前コレ分かるか?わからんだろう?」と聞いたら「分からない」との返事です。分かるハズが無い、先生は自分が分かってるいるから、ソレを説明して<自己満足>しているだけだと思います。

 既刊の「楽典」の書籍を見ても、何時も思うのは(著者が)「オレは知っているから、知っている事を書いておく。お前ら覚えろ・・!」と言った調子で書かれている点。おまけに(書籍という)ページ数の制約から、関連する基礎的知識から高度な知識までを一緒に<一つの章>に詰め込んでいる。この本を買う人は『知らない』から(知りたいと思って)買っている・・・という視点が欠けているのだ。完全に『上から目線』で、「知っている事は全部書いたから、問題あるハズが無い」(よしッ!)と言った調子に見えます(知らない人が!、知りたいと思っているのに......!)。

 私の音大受験した生徒で、上位の成績で合格した生徒がいました。楽典・聴音を満点で合格したのですが、聴音の満点は他にもいたそうですが、楽典の満点は一人だけ・・・少なからず、私のカリキュラム編成方針が獲得した成果だと、少々自信を深めた次第です。
<Vier Weg 楽典「上級-1-1」<倍音>の課題>
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# by jmc_music2001jp | 2017-08-31 01:27
 前回スペインを訪れたのは2008年のことです。バルセローナ・セリビア・カルモナ・グラナダ・マラガ・ミハス・マルベーヤと旅をいたしました。バルセローナではガウディの足跡を辿ってサグラダ・ファミリア聖堂、カサ・ミラ、カサ・ビセンス、グエル公園などを訪れました。

 サグラダ・ファミリアはまだまだ<工事中>の有様で、ほんの一部のステンドグラスが完成した状態、しかしその深い藍色に心奪われる思いがしました。「完成に近づいたら必ずまた来るゾ....!!」と心の中で呟いたことを覚えています。工事の足場が天井まで組み上げられた聖堂でしたが、天井までそそり立つ何本もの柱が<草の茎>のように見えて、「地面を這って歩く虫達が空を見上げたら、こんな風に見えるだろう....」と思いました。

 一番深く印象に残ったのは『コロニア・グエル教会堂』です。この教会は、制作途中でサグラダ・ファミリア建設に取り掛かったガウディが、未完成のままに残した教会堂です。しかしこの聖堂をみて、強く心を動かされました。「これはただ者では無い!」ガウディの信仰心が『本物』で、彼の『魂』が見ていたものが、観る者の魂に食い込んできます・・・これは『本物』だ!

 人生で『本物』を感じさせられる事物は本当に少ない(もちろん自分の未熟さが原因で、気づかずに通り過ぎている場合もあるでしょうが....)と思う。東山魁夷の唐招提寺の襖絵や日本の山々、流れ落ちる滝の日本画を観たとき、背後に(人に恐れを感じさせる)『神』の存在を観ました。人を救ってくれる仏様ではなく、人間が恐れおののく存在としての『神様』。

 ガウディの魂が感じ取った『神=創造主』は、宇宙の中心に<厳然>と<圧倒的な質量>として存在する。そのガウディが一生をかけて取り組んだサグラダ・ファミリアには、どのようなメッセージが込められているのだろう?あれだけ大きく光を取り込んだステンドグラス・・・早朝、昼間、夕方、夜と異なる光の中に、様々なメッセージが込められているに違いない・・・これが今回、私がガウディにこだわる理由です。
<2008年、コロニア・グエル教会堂>
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# by jmc_music2001jp | 2017-08-26 12:53
 〝jmc欧州音楽の旅2018〝の企画の検討をスタートさせました。バルセローナ(ガウディ)とバスク地方、次回の旅の概略はすでに決まっていましたが、バルセローナのコンサートの日取りによって実施期間が決まるので、その情報を得るまで具体的な検討は控えていたわけです。本日、来年5−6月のカタルーニャ音楽堂の予定が明らかになり、早速企画の詰めの作業を開始しました。参加メンバーの事情を汲んで6月上旬出発の案で検討を進めようと思っています。

 スペインは3回目となりますが、前回バルセローナのリセウ劇場でオペラを鑑賞したので、次回はカタルーニャ音楽堂でのコンサートにしようと決めていました。候補は二つ、6月5日カウンターテナーの名手、フィリップ・ジャルスキーがオルフェオを歌う「オルフェオとエウリディーチェ」。又は、6月9日チェリストのウォルフガング・エマヌエル・シュミットとバレス交響楽団でショスタコーヴィチ /チェロ協奏曲第1番、チャイコフスキー /交響曲第2番、それに映画「ドクトル・ジバゴ」の音楽というプログラム。この何れかになります。

 日程決定のもう一つの要因はサクラダファミリアを正面に見る宿舎を確保できるか・・・サクラダファミリアに何度も足を運んで<サクラダファミリアを味わい尽くす>つもりです。特にステンドグラスに彩られた聖堂は、朝・昼・晩の光の変化で、異なる印象を与えてくれるハズです。それを全て味わい尽くしたい......。宿舎の窓から、ライトアップされたサクラダファミリアを見ながら・・・キンキンに冷やしたカヴァを楽しむつもり。シェリー酒にイベリコ豚の生ハム・・・肴をアレコレ手に入れて・・・。
<カタルーニャ音楽堂とサクラダファミリアのステンドグラス>
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# by jmc_music2001jp | 2017-08-23 18:07

朝ドラの〝田植え〟

 今の朝ドラは「ひよっこ」、特段<観ている>訳ではないけれど、風呂から上がると残りの半分ほどを見ることがあります。これまでも「何とも〝お気楽〟な作りだなぁ...」と思いながら見ていました。

 先日、記憶喪失で失踪していたお父さんが、故郷に帰り<田植え>をしたら「身体が覚えていた」・・・と言うのがありました。家族で田植えをするシーンですが、田んぼの畦から田に入って、(植えつけた後)前方に進みながら植えてゆく!!と言う演出にビックリ仰天いたしました。

 役者も演出家を始めとする製作者側からも、何の疑問も提示されなかったのでしょう。おまけにお父さんが田んぼに足を取られて倒れたのをキッカケに、(苗を植えつけた)田んぼの中で大人共が悪ふざけの<どろんこ遊び>を始める始末です.....!有明海で開催される<ガタリンピック>の乗り.....皆んなで楽しく〝お々笑い〟......!!!<一粒の米>さえ大事に、大切に扱ってきた<百姓の気持ち>なぞ〝どこ吹く風〟ですね・・・・。

 <田植え>のシーンを見て、後で気づきました。「制作に関わった全ての関係者が、トラックターを運転して田植えする時代に生まれた」のだ・・・と。しかし、トラックターは前に進むが、進行方向から後方に向けて苗を植えているのだけれどねぇ.....まるで「お気楽漫画」か「ギャグ漫画」みたいなドラマです。

 ドラマ制作に関わっている人ならば、黒澤明の『七人の侍』を見たことない・・・とは言わせないゾ(本当に見たこと無いのかなあ?この人達)。ラスト・シーンは村人総出の<田植え>。田楽のお囃子にリズムとテンポを合わせて、苗をつまむ、植え付ける、右足後ろへ一歩、左足足後ろへ一歩・・・この動作の繰り返し、こうして手際よく<田植え>の作業が進んで行くのですね。
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# by jmc_music2001jp | 2017-08-18 17:22