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by jmc_music2001jp

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 今年は年頭に<e-Book>に「動画」を組み込む技術の目処をたて、<e-Book実技講座>シリーズへの試作として<e-Book指揮法入門>の制作に取り組みました。全体の章の構成や文章の概略を入力、最初の部分の動画の録画まで進行しています。

 3月よりホームページのリニューアルに着手したので、<e-Book>は一時お休み。5月には携帯向けのホームページ作成にチャレンジ。思ったより簡単でしたが、地図を挿入したら、小さすぎて実用にはなりません。パソコンという環境と携帯画面という環境では、アプローチする考え方が異なって当たり前・・・という<当たり前>のこと再確認・・・未だに改良されずにソノマンマです。

 クラブ・アンティミテのスタートについては、『斉藤秀雄の理念の継承』を主旨とする活動の一環であるだけに、二本柱の一方である<社会常識の教育>の問題をいかに解決するかについて、膨大な思索を重ねなくてはなりませんでした。

 そうして<ある結論>に到達しても・・・「本当にソウだろうか?」「真実の解答と言えるのだろうか?」・・・と、マタマタ迷い、思索の森を俳諧することになります。

 そんな時期に、偶然「孔子」(井上靖)を読みました・・・なるほどネぇ~・・・「仁」とか「信」とか・・・乱れに乱れた国と人心を憂えて、人間如何に生きるべきかを説き続けた・・・仏陀もキリストも(多分)マホメットも、皆おんなじような気持ちに突き動かされてのことだったのでしょうね。

 さァ~テッ!そろそろ頭の切り替え時です!<e-Book実技講座>シリーズの構成を考え、<e-Book指揮法入門>の動画を収録して実技講座シリーズの第1弾として完成させ、《クラブ・アンティミテ》をスタートさせます!!
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by jmc_music2001jp | 2009-05-30 02:25 | jmc支援事業
 火曜日に白内障の手術をした、右目の手術です。、昨年8月頃より様子が悪くなり、自動車免許の更新の時期となったので、手術を決断・・・十分な視力が出ないのだ。これでは免許更新を断られるのではないか・・と言うのが理由でした。

 福岡でも一・二と言われる名医を紹介してもらったし、技術に格段の進歩があり「日帰り」出来るほどにレベル・アップしていることを聞いていたので、基本的には何の心配も不安もありません。

 5月8日が初診。18日に手術日までの準備を聞いて、26日が手術、翌27日に診察。これで基本的には完了(後は1週間後、1ヶ月後の検診)・・・実にスッキリしたものです。

 手術時間は実質10分間ほど。痛さや苦痛は全くありません・・・・・と言っても、経験の無い手術のこと、「ジッとしといて下さい」とか「まばたきしなで下さい」とか言われたら、苦痛だろうなァ・・・と、内心不安を覚えたりもしていました。

 ところが、座椅子が倒れると左右から頭を固定させる装置が倒れてきて頭を確保・・・「やれ安心、これで動かしたくても動かない」。上まぶたを軽くテーピングすると、まぶたの開きを確保するための丸い枠が取り付けられて「まばたきしてもイイですよ」・・・安心してまばたきしても、目は開いたまま。私の事前の不安はすっかり無くなりました。

 手術が始まると「これから◎◎ですが、心配いりませんよ」「次に少し△△です」・・・事前にこれから起こることを予告してくれるので、<何が起こるのだろう?>という不安は全くありません。

 ・・・・その時です。両の肘掛に置いていた私の(右)手の上に『ソっ』・・と、何かが置かれました「・・・・?・・・手?・・・」。右手の甲に柔らかい手指の感触です。眩い光を見つめながら、私の心はその手の感触と向き合っていました・・・素晴らしいことです!

 なんと言っても患者にとっては未体験の世界。心楽しかろうはずはありません。何らかの不安を覚えるのも当然でしょう・・・・そこに、その『手』は「私がココに居るのよ」「貴方一人ではない、私が一緒に居るからね!」と無言の言葉を投げかけてきます。・・・本当に素晴らしいことだと思いました。純粋な医療技術だけではなく、このような人間を包む全ての要素が『医療』なのだ・・・と感動いたしました。

 手術の山場を過ぎ、4分の3ほどたったころ、その『手』は「さっ」と離れてゆきました。感動した私は、その感動をお礼の言葉にしたかったのですが、沢山居る看護婦さんの誰だったのかは分かりません。

 手術を終えて、眼帯を付けて、直ぐに帰宅。あまりのスピードに家の者もビックリです。その日も日課のウォーキングに出かけました。少しゆっくりとは歩きましたが、それでも通常より遥かに多い14、155歩を記録いたしました。
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by jmc_music2001jp | 2009-05-28 03:16 | 芸術随想
 フンパーディンクの“ヘンゼルとグレーテル”をBSで観た。途中から見たので、どこのオペラ座の公演か分からないまま見ることになった。

 指揮者は白髪の御老体、ゆっくりとしたテンポで、いかにも「永年オペラやってます」・・・『オペラ座の主』といった雰囲気を漂わせている。オーケストラ・ピットは非常に広い!(ウィーンのオペラ座よりも広いと思う)緞帳も格調高く、立派なオペラ座であることは間違いない。

 指揮者は鷹揚に60%くらいの感じで振っているのだけれど、オーケストラはシッカリとしたアンサンブルで音楽を作り上げている・・・皆、腕の確かなプレーヤー。特に感心するのは金管楽器のバランス。見事なバランスで、オペラを知り尽くしたプロ中のプロ・・・を感じさせる演奏家達であった。

 しかし舞台と演出はどうにもいただけない。歌手は安定した立派な声の持ち主ばかり・・・しかし「音楽」と「演技」には不満ばかりを感じた。そもそも<演出>が「思いつき」「気まぐれ」でやったとしか考えられない内容。スコアをしっかり読んでなくて、文字道理の「思いつき」と「気まぐれ」の演出となっている。・・・こう言う事態に立ち合わなくてはならないお客さんは、全く持って“災難”というしかない。

 例えば、森で道に迷ったヘンゼルとグレーテルが「夢」を見る、その内容は音楽と共に舞台上で展開されるのだけれど、これが完全に「思いつき」と「気まぐれ」なのだ。目を覚ましたヘンゼルとグレーテルが、昨晩見た「夢」のことを歌うのだけれど、この歌の内容と完璧に矛盾していることなど気にもかけていない。

 魔女にいたっては、最初に舞台上に現れてきた時に、歩行困難な高齢者用の歩行補助器具(病院や老人ホームで使用されている)持参で現れた!!!これには客席も(一瞬だが)大爆笑!・・・しかも、ヘンゼルとグレーテルが捕まってから終曲まで、<歩行困難>の話はドコへやら・・・・なぜだか歩行器はいらなくなったらしい。このような『馬鹿』にしか思いつかない演出は、枚挙に暇が無いほと・・・つまり最初から最後まで『馬鹿』に包まれた舞台なのである。

 このような事態に立ち会わなくてはならない全ての人は、本当に人生の不幸を体験するためにわざわざ劇場に足を運んだことになる。誠実に任務を果たそうとしているオーケストラや歌手、そして観客までをまきこんで「皆で過ごす!人生の一大無駄イベント!」と成り果てるのだ。

 なぜこう言う悲惨な事態を招くのか?そこには演出家の選出に<情実>が絡んでいるからだと推察される。歌劇場の複雑な人間関係や“しがらみ”が働いて、このような事態が発生する・・・それが、税金から関係者の全ての努力から、観客の人生の一部までをも踏みにじるのである。トップに立つ人の責任だろう。

 こんなトコでは、若い演出家に実験的で意欲的な演出のチャンスを与えたりは、決してしない。全てが円満に収まっているのだ。円満に収まれる人同士で劇場を支配して、<全て世はメデタシめでたし>の社会が出来上がってしまっている。そんな場所では“芸術”は死ぬ。

 最後にテロップが流れた。コベントガーデン王立歌劇場・・・指揮コリン・デイヴィス・・・演出???
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by jmc_music2001jp | 2009-05-24 14:16 | 芸術随想
 “たまらなくイイもの”の例えとして、taste of honey(蜜の味)という言葉が使われますが、音楽する者にとっての最高の『蜜の味』は、<アンサンブル>をおいて他に無いと思います。

 私は他人を見て「うらやましい」とか<嫉妬の感情>を持つことはありませんが、(実を言うと)アンサンブルしている人達を見ている時だけは、内心<嫉妬心>を覚えることがあります。アンサンブルの喜びを知っているだけに、つい<嫉妬>しそうになるのです(イヤ!実は嫉妬しています)。

 jmcのアンサンブル教室に新入生を迎えました。永年アマチュアでチェロを演奏してきた女性です。ショスタコーヴィッチのチェロ・ソナタ(1楽章)。本心から音楽を愛し、アンサンブルを楽しんでいる様子。しっかりした技術の持ち主で、積極的に前向きに音楽と向き合っている様子が伝わってまいりました。

 jmcの教室が、音楽に正面から向き合っている人達の手助けになれたらいいな・・・と、思いました。沢山たくさん、このような素敵な人が現れてくれるのを願っています。
<ショスタコーヴィッチ作曲「チェロ・ソナタ」1楽章>
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by jmc_music2001jp | 2009-05-22 14:48 | 芸術随想
 昨日ユーチューブで見たキーシンの「愛の夢」(リスト)は素晴らしかった。演奏に感動を覚えた心の奥で、シェーンブルン宮殿(メータ指揮・ウィーンフィル)でのランランの演奏の事がウッスラ...と浮かんでいた。

 あのランランの演奏の“お気楽ブリ”と、キーシンの演奏がこの世に共存しているのは<何>なのか・・・。「何でもアリだよ」「色々あってイイんじゃあナイ」「人は好きずきでイイと思うよ」・・・・・⊆∀〻◉⌘△∂♨&・・・・そうなんだろうか?

 これまでの人生に出会った人々・・・・確かに“色々”だった。本当にッ!“イロイロ”だったっ!!・・・だから<人>が“色々”であるのと同じように、音楽家が“イロイロ”であっても・・・それは、不思議ではナイ。

 だからと言って、ソレでいいのだろうか?斎藤先生が人生の全てを注いだ対象は<何>だったのか?絶対に妥協しようとしなかったものは<何>なのか・・・・。チェリビダッケが憎悪の感情を隠さず、激しく罵倒した相手は何だったのか?どんな状況にも決して妥協せず、排除し続けた「音楽では無いもの」。そして、その後に生まれでる素晴らしい「音楽」・・・・・!
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by jmc_music2001jp | 2009-05-20 03:06 | 芸術随想

神の子“キーシン”

 mixiで参加しているグループに投稿があると、自動的に私のアドレスに転送される。「一番感動した・・・」のタイトルにさそわれて、覗いてみた。

 その一つがユ−チューブの“キーシン”の演奏で、曲目はリストの「愛の夢」。海外の演奏会のアンコールで収録されたものらしい。ユーチューブの劣悪ともいえる画像と、パソコンの小さなスピーカーで、どうしてあれ程の『音楽』が伝わってくるのだろう。

 聴いていて、胸が切なく苦しくなってくる程に情感が溢れているのだ・・・(パソコンのユーチューブ画像でしか無いのに.........)。こんなに情感溢れる世界が本当にこの世にあるのなら・・・人間に生まれて来たのも満更悪くはないし、神様は本当に居るのかも知れない。

 まぎれも無い音楽の天才がモーツアルトであることに異論を挟む人はいないだろう。もう一人の音楽の天才が、現代に生きるキーシンであると断言したい。
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by jmc_music2001jp | 2009-05-19 03:01 | 芸術随想

2011年という年

 2011年、地上デジタル放送が開始される年度です。その結果、社会構造は目に見える形での大変革を余儀なくされます。「情報化社会大変革元年」とでも申しましょうか・・・人類が永年親しんできた社会の有り様が、あれよあれよと言う間に、変化してゆくことでしょう。

 例えば<新聞>。グーテンベルクの発明した印刷機は、書籍を普及させ人類の文化に多大な貢献を果たしました。新聞もその延長線上にあるもので、ジャーナリズムという文明の一スタイルを確立いたしました。

 しかし今、若者が新聞を読まなくなっています(知り合いの新聞社の会長が嘆いていました)。新聞そのものを考えてみると、いまや確かに効率の悪いシステムといわざるを得ません。深夜に編集・印刷した新聞を、トラックで各新聞集配所に運送し、朝4時くらいに集まった新聞配達員が担当する部数を確保すると、それぞれが自転車(バイク)に乗って、各戸に配達してまわる・・・終わるのは6時ころ。

 一方、BSでは24時間ノンストップ・ニュースが放送され、ニュース・天気予報・交通情報・・・ときめ細やかな内容(無料!)です。同じくパソコンでもプロバイダとの契約料さえはらえば、同一内容をタダ同然で入手できます。この新聞の昔ながらの人海戦術は、本格的情報化社会の始まる2011年以降はペイすることが困難となり、時代の波に飲み込まれるものと思われます。

 この不況の時にも、ネットショップは売上をあげています。地上デジタル放送が始まる2011年がらは、ショッピングのスタイルが劇的に変化してゆくでしょう。大きくキレイな画面のテレビの顔をした(実質)コンピューターが、茶の間と繋がるわけですから・・・。

 iPodで世界的ブームを引き起こしたアップル・コンピューターは、すでに社名を「アップル」としています。コンピューター会社を名乗る必要の無い時代に入ったからです。そして「アップル・テレビ」を発売いたしました。時代の流れを確実に読んでいるのでしょう・・・テレビの顔をしたコンピューターが、社会構造に革新をもたらすプラットホームになることを・・・。
 
 
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by jmc_music2001jp | 2009-05-17 02:47 | jmc支援事業

デジタル・コンテンツ

 福岡県はコンテンツ産業の拠点つくりに力を入れています。木曜日の講演会・懇親会は、その総会の中で開催されたものです。最近、文化・芸術関係の集まりで出会った方が、この会のアドヴァイザーの立場にいて、jmcが<e-Book>を作っていることを知って、声を掛けて下さった。

 会場には250名ほどの会員が参加し盛況でした。講演内容も興味深いもので、2011年から始まる地上デジタル放送に関連するお話。jmcもかねてより2011年を「情報化社会大革新元年」と位置づけて<e-Book>の開発等々に関わって来ているので、正に「我が意をえたり」の心境、さっそくこの会に入会希望を提出しました。

 今まででは得られない、新しい出会いが期待できます。素晴らしい人との出会いほど、ワクワクさせるものはありません。大いに期待いたしましょう。
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by jmc_music2001jp | 2009-05-16 02:05 | jmc支援事業

“一万歩”三十一日

 今日の1万歩には危機感を抱いていた。昼に大学で講義してすぐ、博多駅のホテルでの講演会と懇親会に参加すると、直ぐに天神へ移動して、アクロス福岡で会合が予定されていた・・・移動は「車」なのだ。

 そこで寝る前の深夜3時に遠くのスーパーまでビールを買いにゆくことにした。モチロン歩きである。そこで約4千5百歩ほど確保、翌朝大学に通常より1時間早く到着して、校内を歩く・・・・それで8千5百ほどカウントしたので、これで何とかなるだろうと一安心。

 ホテルの懇親会では「ビールで乾杯!」・・・とはいかず(車だから)、何とも調子が悪い。このまま移動した夜の会合でもお酒を飲めないことを考えると、益々調子が悪くなる。中途で退散して自宅に帰り、車を置いて電車でアクロスに向かうことにした。

 ところが夜の会合の後で足を延ばす先ができたので、予定外の歩き・・・その結果、何と18,044歩と言う最長・最多の記録を作ってしまった。距離にして13.9Km。今日は1万歩・31日目の記念日である、一ヶ月・毎日・一万歩、自分に何かご褒美をあげよう!!
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by jmc_music2001jp | 2009-05-15 02:39 | 芸術随想
 九州国立博物館の裏手の道を、北に向かって歩いた。博物館の建設に合わせて新しく作られた道で、ゆるやかに下る坂を歩きながら「はたして何処にゆくのやら・・・」少々不安もよぎる。前方は遥かに小高い山々が連なり、若いエネルギーにあふれた新緑と、五月の青い空が目にまぶしい。

 やがて左下に広い道が見えてきたが、果たして何処まで下ればその道に合流できるものやら、ここからは見えないのだ・・・それでも10分ほど下ってゆくと、左下から登ってきた道とすれ違う場所に出た。やれやれ、左に下れば天満宮の方角。坂道を下りてゆくと、どうやら“鶯谷”と呼ばれる所らしい。

 道の両側の斜面にはたくさん梅の木が植えられている。<献梅>と言って、何かを記念して天満宮に梅の木を寄贈することができる。末永く天満宮の関係者が梅の木のお世話をしてくれるらしく、以前から《イイなぁ~》と思っていた。何時かそのような時がめぐってきたら、是非<献梅>を実現させたい・・・と密かに考えている。

 坂は左手にカーブしながら下りてゆく。下り終わって広場に出ると、遊園地入り口の横であった。今日は遊園地はおやすみ・・・。左手には国立博物館へ登るエスカレーターの建物、前方は天満宮の社である。

 境内に入る。大きな手水で手を洗い、水を少し口に含んで清めた・・・アジアからのお客さんが増えてきたな・・・・中国語が飛び交い、写真を撮っている。

 太宰府天満宮の本殿は、実は菅原道真の墓所の上に建てられている。道真の死後、亡がらを牛車に積んで運んでいたが、ここまできて押せども引けども牛が動かなくなった・・・そこで、その場所を墓所とすることとなり、現在はその上に本殿が建てられている。
<太宰府天満宮>
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by jmc_music2001jp | 2009-05-13 01:57 | 芸術随想