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by jmc_music2001jp

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 《jmc欧州音楽の旅2010》は6月9日(7日目)旅程の最終段階に入りました。中世の街ビューディンゲンの宿泊は、古城ホテル。第2次世界大戦の戦場となることもなく、中世の街並がそのまま残ったビューディンゲン。その領主の館をホテルに改修したものです。本館には今も領主の末裔が住み、中庭を取り囲むかつての召使いの住居がホテルに改装されています。我々はそこに一晩の宿をとりました。そんな理由からでしょうか、部屋によっては廊下を挟んだ向かい側にシャワールームがあったりして・・・笑いながら、ソレはソレで楽しんだようです。

 本来がホテルを目的に建てられたものではありません。使い勝手だけを考えるならばボンのヒルトン・ホテルが快適と言えましょうが、近代的ホテルは世界(日本)のどの都市であっても同じです。一方、近代的ホテルに無い雰囲気を、このような古城ホテルでは味わうことができます。例えば、直ぐ隣りの教会の鐘が、夜中じゅうも15分置きに柔らかい音で聞こえてくる等・・・こんな雰囲気はココでなくては決して味わえないでしょう。

 朝早く目が覚めて、城壁の内側の旧市街を散策いたしました。中世の街並から、ドイツの人々の生活感が肌に染み通ってくる感じがいたします。

 出国はフランクフルト空港、時間の余裕があったのでシュタイナウに立ち寄りました。ここのグリム兄弟の家を見学して、街中や川辺を少し散策いたしました。この旅の締めくくりとして、穏やかな時間が過ごせたと思います。

 夜21時フランクフルト発に搭乗、6月10日15時半に成田に着陸いたしました。成田空港で解散式を行い、東京組や親戚を訪ねる人たちとは分かれて、20時前の成田発・福岡行きに搭乗、22時前に福岡に到着いたしました。

 今回のドイツ旅行での収穫は、ドイツの音楽家(作曲家)の音への感性、音質や音色に対する感覚が理解できたように感じられたことです。郊外から街中に至る豊な緑、イムリ公園の森に吹き抜ける風、ヴァルトブルグ城を包むチューリンゲンの森、どこに居ても聞こえる小鳥のさえずり、ビューディンゲンの中世の街並。絢爛豪華なキラビやかさは無いけれど、落ち付いた真っすぐな佇まい。其れ等の感性はライプツィッヒ・ゲバントハウス管弦楽団の音色にも、ドレスデン国立歌劇場の音質にも反映されていました。野に咲く草花や真っすぐに立つ木々のように、あたかも音楽が自然の一部ででもあるかのように・・・・何事も無くソコに広がっています。
<成田空港で、記念撮影>
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by jmc_music2001jp | 2010-07-31 19:28 | 音楽企画制作
 アイゼナハの象徴、約800年の歴史を重ねるヴァルトブルグ城は、ドイツの重要な歴史的文化財。中世の吟遊詩人が歌合戦を繰り広げたこの広間に身を置くと、日本に居てはとても感じ取れないドイツ音楽の歴史、その歴史の一端に確実に触れる思いがする。広間の設えと装飾や絵画、時を超えて自分の皮膚が遥か昔の歌合戦の空気にかすかに繋がっているかのように感じられた・・・音楽に携わる人間としては。胸が切なくなるような体験であった。

 考古学者は発掘した様々な品々から、当時の人の営みを生き生きと蘇らせる事を、最大の生き甲斐・やり甲斐と感じているのでは無いだろうか?当時の人間が何を思い、何を感じて生きていたのか・・・ドイツにおけるミンネゼンガーの歴史は、音楽を通じたゲルマン民族の『魂の歴史』の、重要な一端を担っているには相違ない。その一端に、ほんの僅かでも触れたと言う想いに・・・・胸が騒いだ。

 ゲーテが城の改修に関わり、大ホールの音響効果を高める改修工事にはリストも関わっている。ルターが身を潜め、新約聖書のドイツ語訳を行った部屋も保存されている。歌合戦の歴史をテーマに、ワーグナーは「タンホイザー」を作曲・・・ドイツの精神文化の象徴のように、ヴァルトブルグ城はチューリンゲンの森に歴史を刻んでいる。

 バッハ生家は近代的なテクノロジーを駆使した博物館として調えられていた。一番面白かったのは、天井から1本のクサリで吊り下げられた球体。その中に座ってヘッドフォンをすると、バッハの音楽・・・球体の柔らかいユラユラとした揺れにバッハの音楽を聴いていると、まるで「宇宙の揺りかご」に揺られているような心地よさを感じる・・・博物館の素敵な「視点」に賞賛の辞を送りたい。

 宿泊地ビューディンゲンへ向かう途中、フルダに立ち寄り夕食をとった。ゴールデナー・カルプフェン、ここはゲーテが定宿としたホテルで、ゲーテが好んで食べた食事を「ゲーテ・メニュー」として大切に伝えている。我々はその「ゲーテ・メニュー」なるものを是非賞味してみたいと思い、旅程に組み込んでもらった。

 レストランに案内されると、別室のバンケット・ルームに正餐の設えで我々を迎えてくれた。これには驚き、そして嬉しかった。旅行の最後にもう一度サロンのおまけがついたようなもの・・・。一番の<素敵>は、「ゲーテ・メニュー」の味が洗練されていたこと!ドイツはソーセージとビール・・・くらいの認識しかなかった私(我々)に、ドイツ料理の<洗練>された姿を明瞭に示してくれた。ドイツ料理が洗練されるとコウなるのか!・・・想像もしていなかった素晴らしいプレゼントだった。

 食事が終わる頃、女主人が部屋に現れて挨拶してくれました。はるばる日本からのお客さんに、心からの歓迎の気持ちを表してくれます。我々がバスに乗車した時、ホテルの入り口から女主人が現れて再度手を振ってくれます。そこで、急遽「写真を撮ろう」・・となって、バスを降りてホテル前での記念写真。私の肩に手をかけてきた女主人のソノ手を、私の両手でシッカリ握りながらの記念撮影です!(フラッシュたかずに、少し暗いけど、皆嬉しそう)。
<ゴールデナー・カルプフェンの女主人と、記念撮影>
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by jmc_music2001jp | 2010-07-30 23:35 | 音楽企画制作
 6月7日(第5日目)は陸路200Kmをワイマールへ移動。ゲーテ山荘の建つイルム公園でのピクニック・ランチ。青い空、爽やかな風を受けながら、大きな木々の茂る公園を、ゲーテ山荘まで15分程歩きました。8年前、フランス国内を巡った折りに、フォンテーヌブローの森(バルビゾン)でのピクニック・ランチが本当に素敵で、それ以降は旅行中に1回、ピクニック・ランチを取り入れることにしています。

 ゲーテ山荘の周辺に、メンバー思い思いの場所を見つけての昼食です。ある者は大きな木の下に車座になり、又ある者は丘の斜面の緑に腰をおろし、爽やかな風に包まれて幸せなひと時を過ごしました。

 食後、ゲーテ山荘内を見学して、再び深い緑の木立の中を20分ほど歩き、公園のはずれに建つリスト博物館を訪れました。残念ながら6月より休館で、中の見学は出来ませんでしたが、往時の蒼々たる芸術家が集い、リストが晩年を過ごした家です。

 ゲーテとシラーの墓に詣でた後は、85Km離れたアイゼナハへ専用バスで移動しました。ヴァルトブルグ城と、その城の一角に建つホテル・アウフ・デア・ヴァルトブルグへの宿泊は、今回の旅の目玉の一つです。

 チューリンゲンの森に包まれたホテルに到着したのは、まだ陽の残る夕方5時くらい。ホテル入り口から眼下の街を見下ろすと、バッハの生まれた街アイゼナハの家々の屋根が、緑に囲まれて連なっています。周辺の柔らかい緑の森は、小鳥のさえずりに包まれていました。

 部屋に戻ると、正装してバンケット・ルームへ。第95回jmc音楽サロンを開催いたしました。《jmc欧州音楽の旅》の一日には、必ずサロンを開催するのが恒例となっています。このホテルでのサロンは十年越の念願が叶ったようなものでした(約10年程前に計画したドイツ旅行は中止となり、サンクト・ペテルブルグ旅行に変更になった経緯があります)。

 お料理もワインも部屋の雰囲気も、素敵なサロンとなりました。サロン終了後には、近くを散策。夕闇のアイゼナハの街の灯と、眼前に広がる夜景が深く印象に残りました。
<ヴァルトブルグ城>
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by jmc_music2001jp | 2010-07-29 00:10 | 音楽企画制作
 6月6日(日)、滞欧4日目はライプツィッヒより陸路ドレスデンへ、約110Kmを専用バスで移動。ドイツの緑の丘陵を車窓に、快適なアウトバーンのドライブでした。

 到着したのは古都ドレスデンの中心部、ゼンパー・オーパーの向かい側に建つHotel TASHENBERGPALAIS KEMPINSKI。その昔、王様がお気に入りの女性にプレゼントした館を改装したホテル・・・最高級クラスのホテル、「上質とはこの事か」・・・と、目を見張らせるクオリティの高さに、脱帽と言うか・・何と言うか・・・。今、想いだしても<.......ウ~~ム!>と唸らせるだけのクオリティ、意外なところにヨーロッパ文化・芸術の懐の深さを感じてしまいます。

 ツヴィンガー宮殿・聖母教会・カテドラル・レジデンツ城・・・みんなホテルから歩いてゆける場所ばかりです。なにしろ同じ敷地内にあるようなものですから。徒歩観光の後、ホテルで休息、ケータリングで軽食(おにぎり)をとってから、正装に着替えてロビーに集合。オペラ・チケットをお渡しして、向かいに建つゼンパー・オーパーへと歩いてまいりました。

 演目はモーツアルトの歌劇「ドン・ジョバンニ」、今シーズンのプリミエ公演です。日本からのチケット購入に関して、劇場側から特別のご配慮をいただいたようでした。7枚のS席を購入した時点で完売となり、席もバラバラにしか入手できなかったのですが、現地窓口でチケットを受け取ると1階最前列(1列目)の招待客用の席をまとめて7席確保してくれていました。メンバーの7名は予想もしなかった最善の待遇を受けたわけです。

 今回の旅の最大の目的の一つが「古き良き時代のドイツ音楽の精神(魂)を確かめに行く」ことでした。旧東ドイツのライプツィッヒ・ゲバントハウス管弦楽団・ドレスデン国立歌劇場には、未だに僅かながら<その響き>が残っています(いるハズです)。あと10年もすれば、失われてしまうかもしれないそれ等の音楽を、自分の肌と耳で体験しておきたい・・・と言うのが、狙いでもあり、願いでした。

 結果は狙った通りでした。ライプツィッヒ・ゲバントハウス管弦楽団(トーマス教会・シューマン「ミサ曲」)も、ドレスデン国立歌劇場(モーツアルト「ドン・ジョバンニ」)においても、「音楽」は何事もない様にソコにあります。そこいら辺に草が生え、木が立ち、花が咲くように・・・「音楽」がありました。それは(妙に気が入った)「演奏」と言う言葉さえも忘れさせます。ましてや(聴衆を意識しすぎた)パフォーマンスでも(受けだけが狙いの)ショーでもありません。ドイツの野山や丘陵に緑が広がるように、何事もなく「音楽」が広がっていました。
<ゼンパー・オーパー>
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<ドン・ジョバンニのカーテン・コール>
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by jmc_music2001jp | 2010-07-25 22:55 | 音楽企画制作

来週は期末試験

 女子短大の指揮の講座は、来週の講義の後半より実技試験が始まります。課題はウェーバーの「テーマとバリエーション」のテーマの部分を4手連弾で演奏。このピアノ連弾を実際に指揮して、実技評価します。

 木曜・金曜と連続で試験を行い、今年の指揮講座が終了します。指揮法を教えるようになって16年が過ぎました。此れ等の経験が<e-Book指揮法入門>刊行につながったことで、一応の成果が得られたと思っています。

 子供を教えることは、非常に心楽しいことです。本能として、人にはそのようなものが備わっているようにも感じます。私が大学時代に斉藤秀雄先生から学んだことは、未だに私の中に<生きて>います。そのような「教え」に一歩でも近付けるように・・・と念じながら、教えています。
<指揮法レッスン>
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by jmc_music2001jp | 2010-07-24 17:29 | jmc支援事業
 10日にコールユーブンゲンの音源入力の第一段階を終えると、“jmc欧州音楽の旅2010”DVD編集作業に取り掛かった・・・と言うのも、旅行参加メンバーから「写真交換会は何時やるのか?」の問い合わせしきりで、それまでに旅行のDVDを完成させなくてはならない。以後10日間、DVD編集作業に没頭していた・・・と言う次第だ。

 全370カット、7時間におよぶ動画を3枚(約3時間)のDVDとして編集する。取り掛かれば自然と欲が出て、<良いものを>という気持ちが強くなり、10日間ほとんど篭りっきりの状態で編集に打ち込んだ。

 動画の編集も<文章>を書くのと同じだな・・・と感じた。見ることで《旅行の感動》がそのままに感じ取れることが必要だ。生きた・生の感覚が呼び覚まされるコト・・・。少々心身はくたびれたが、イイものが出来たと思う。何事も打ち込んで関わってみると、興味深い体験に出会えて嬉しい。

 DVD編集を終えて、現在元の映像データをハードディスクに保存する作業を続けているのだが、これが7時間以上もかかってしまう。前編を収録したチップの保存には8時間を要した。全部で15時間!!・・・今、<仕事を終えた>と言う感じがスゴクする。
<DVD第1巻の1stカット>
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by jmc_music2001jp | 2010-07-21 16:11 | 音楽企画制作

ちょっと嬉しい

 新しい電子Book開発の環境がやっと調って、新規開発に着手している・・・ちょっと嬉しい。新規の開発機材やソフトを手当したが、その調整に一苦労。約3週間近くもかかってしまった。その間はブログの更新もままならず、開発環境の整備と格闘していた。

 やっと取りかかれた新規開発、昨日「音源」の準備の第一段階を終えて、やっとホッとしている。もっともこれから幾段階もの作業が待っている分けだが、なにしろそれでも<一山越えた>には違い無い・・・。

 現在取りかかっているのは「コールユーブンゲン1・2巻」を自習できるようにする事。従来は、先生のレッスン場でなければ十分なレッスン環境が望めなかったものを、生徒が自宅で自習できるような環境として電子ブックを提供しようとするもの。本当に『お役に立てる』ものが提供できると、作りながら実感している。

 もう一つ嬉しいことは、ピアノ・コンクールの九州大会で銀賞をいただいたjmc音楽教室の生徒(夏菜ちゃん)が、東京で開催された全国大会で優秀賞をいただいたこと。帰ってきて初めてのレッスンで嬉しそうに賞状とトロフィーを持ってきてくれたので、デジカメでパチリ!皆さんに紹介します。
<賞状とトロフィーと、夏菜ちゃん>
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by jmc_music2001jp | 2010-07-10 22:35 | 芸術随想
 2日目(4日)は午前中にベートーベン生家、シューマン記念館などを訪れた後、デュッセルドルフに移動し、空路ライプツィッヒへと向かいました。夕食は<カフェ・バウム>、欧州で最も古いカフェ兼レストランで、シラー・レッシング・リスト・ワーグナーも常連であったとか・・・その時代に想いを馳せると、なにやら感慨一入のものがあります。

 ここで、今回の旅の忘れられない珍事(・・・と言ってイイでしょう)が発生!最初の乾杯の地ビールが<スッパイ>のです??!!.......手にしたジョッキを中に浮かせたまま・・・皆、時間が止まったような状態になりました.....「!!っハァ.......ぁ!?」(柑橘系ジュースを絞り込んだような味..)「...コレわぁ・・・個性的な...!」「そぉ......ネェ・・・・」。結局、飲み干したのは私を含めた数人で、その後はすっきり・透明感のあるピルスナーを注文して食事をすすめました。これもイイ体験だったと思います。現地の日本人ガイドに聞くと、慣れると<クセになる美味さ>に変わる・・との事でした。

 3日目(5日)はメンデルスゾーン・ハウスなどを訪問した後、バッハが永年オルガニスト・楽長を務めたトーマス教会でのミサ。ゲバントハウス管弦楽団によるシューマンのミサ曲を鑑賞いたしました。鑑賞と言っても通常のコンサートではなく、あくまで教会のミサの一部として演奏されるのです。毎週このような形でミサがとり行われること・・・日本との余りの『落差』に打ちのめされます。(ザルツブルグでもそうでした)
<トーマス教会>
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 その後、教会に隣接するバッハ博物館を見学。今回は特に、バッハ博物館の職員である高野さん自らが館内の説明をして下さいました。又、彼の特別の計らいでノン・フラッシュによる撮影を許可していただいたことは大変幸運でした。この場で高野さんにもう一度お礼を申し上げます。
<バッハ像>
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この日の夕食は名物地下酒場<アウアーバッハス・ケラー>。ゲーテの「ファウスト」にもこの酒場は登場します。留学中の森鴎外も足繁く通った酒場です。広い地下酒場の周辺の壁にはファウストの場面や若き森鴎外の姿までが壁画となって残されていて、満員の客席には男性合唱グループの歌声が響いています!!・・・これぞ!ドイツの酒場!!ビールも!食事も!全てが美味で、多いに満たされた一日でした。

 この日、メンバーに誕生日の人が居たので、サプライズで《誕生祝い》を行うように添乗員にお願いしていましたが、ここにさらなるサプライズが重なりました。かの男性合唱団が突然「ハッピ・バースデー・トゥー・ユー」と歌い始めたのです!(若しや添乗員が気をきかしたのでは?!と思い)急いでソノ誕生日のメンバーを立たせて合唱団員に紹介いたしました。メンバーは大感激!生涯忘れられない、最高の誕生日となりました。
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by jmc_music2001jp | 2010-07-07 03:38 | 芸術随想
 <クール・ジャパン>NHK/BSの番組で、ゲストの在日外国人が日本文化のクール(知的で素敵)なものを発見して、意見交換する番組。外国人から見た日本の姿が明らかになって大変興味深い番組だ。

 昨晩の<クール・ジャパン>は興味深かった。昨今話題になっている『草食男子』が取り上げられたのだが、最終的な外人の評価は「クールでは無い」と言うもの、それも女性の100%が異を唱える結果となった。これからの日本男子は世界(少なくとも先進国)の女性から『総スカン』を食らうことが決定したようなものだ。

 私個人としては、非常にヒジョウに残念!!!日本男児は世界の女性から『素敵!!』と思われる存在であって欲しいと、素直に思う。しかし、コレが戦後65年の間、日本人が行ってきた<子育て>の結論の一つであるには違いない。

 伝え聞くところによると、米国の占領政策は「今後アノような戦争を起こさない日本にするにはどうしたらイイのか」から始まったそうだ。勝ち目が無いのが判っているハズなのに何故『玉砕』を選ぶのか?民間人なのに、何故『自害』を選ぶのか?死ぬ事だけは明白なのに何故『特攻隊』に志願するのか??・・・西欧人からすると理解し難い日本人の国民性は、何処から生まれたのか?・・・この研究に力を入れたそうです。

 研究の結果・・・日本では『先生』と『お母さん』が、その人格形成に大きな役割を果たしている・・と結論付けました。その結果、戦後の占領政策として『先生をダメにして、女をダメにすれば、この国はダメになる』と言う方針が立てられました。もちろん表立った事ではなく、私にしても書物や他人からの情報で知ったことです。本当の確証を握っているわけではありません。

 しかし、戦後の義務教育における先生の活動を思い返してみても、「人権」や「権利」の定義にしても、この占領政策の流れにのせて考えれば、明快な『解』が得られることには間違いありません。「先生」の問題も「女性」の問題にしても・・そして、その様々な問題の延長戦上に『草食男子』も生まれてきた・・・と思われてなりません。

 しかしどのような歴史的経緯があるにせよ、今日の状況を選んだのは<日本の大人達>です。全ての大人が『自分の責任としてドウ考え、ドウ行動するか』にかかっています。間違ってもアメリカのCIAのせいや、政治家や役人のせいでは、断じてありません!この道を容認した、我々日本人の大人の責任なのです!

 
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by jmc_music2001jp | 2010-07-02 05:42 | 芸術随想