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by jmc_music2001jp

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坂本龍馬の墓

 先日の京都訪問には後日談があったのだが、光回線の工事に阻まれてネットが一週間不通となり、ブログでの報告ができなかった。

 観世会館で《小督》を鑑賞した翌日は、夕刻まで京都観光で過ごした。京都駅のロッカーに荷物を預けて、身軽になったところで観光にでかける。今回は小堀遠州による庭園が美しいと聞いていたので、高台寺を訪れることにしていた。連休の賑わいで、人も車も非常に混雑している。八坂神社の一つ南のバス停で下車して、坂道を登った。

 連休のせいか、随分と人が多い。坂の途中で小さな案内が出ていて<左・高台寺/上・坂本龍馬墓>????「坂本龍馬の墓??、こんな所にあったの?・・・知らんかった.....。」と心でツブヤキながら、左に折れて高台寺に向かった。

 高台寺は豊臣秀吉没後、その菩提を弔うために秀吉夫人の北政所(ねね)が開創したもの。中に入ると、方丈では夜のクラシック・コンサートのリハーサル中らしく、ヴァイオリンがサラサーテを弾いていた。小堀遠州の庭を巡ってみたが、特段心に訴えかけてくるものは無かったように思う。(途中の竹林が美しかった)

 高台寺を出ると多くの人が山の方へ坂道を登ってゆく・・・・「予定外だけれど、行ってみよう...」と言う気持ちになって左に折れ、坂道を登ることにした。坂の途中に<維新の道>の石碑・・・10分近く登ったろうか、左に護国神社の入り口。この山の斜面に1356名、明治維新の誕生につくした志士の霊が祀られている。

 その数の多さに驚いたが、坂本龍馬の墓は中岡慎太郎と共に、石段を登った一番手前にあった。振り向くと京の街が一望できる。多くの人が坂本龍馬を目当てに足を運んでいるのだが、素晴らしい景観を見下ろすように建てられたこの墓石を見ていると、人々の龍馬への思慕の情の深さがしのばれる。これほど国民から慕われている日本人は、他に居ないのではないか?(実は、私も、《大好き》・・・である)
<坂本龍馬の墓前で・・>
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by jmc_music2001jp | 2010-09-29 03:22 | 芸術随想
ただ今、光回線工事が始まりました。工事後の切り替え手続きの為に約1週間ほどネットが不通になります。ブログも一時休止です・・・ごめんなさい。
切り替え手続き後は、以前と同じメール・アドレス、電話番号、ホームページURLがそのまま使用できるので、それ等に変更はございません。

1週間不通は不便ですが、その間の連絡は電話・FAX.でおねがいします。

ご迷惑おかけしますが、宜しくお願いします。

大畑惠三

<電話>(会社)092−575−3267
<FAX.>092−581−0136
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by jmc_music2001jp | 2010-09-21 14:16 | イベント情報

“能”と龍安寺

 9月18日(土)は早朝に東京を発ち、新幹線で京都に向かった。11時に到着するとタクシーで宿舎へ、幸い宿舎は観世会館に徒歩で3〜4分の所、衣服を着替えてフロントに荷物を預けると、歩いて観世会館へ向かった。

 実は今回、観世流シテ方の河村晴久さんからのお招きを受けて『四季彩能』〜京八景〜を鑑賞させて頂くことになっているのだ。今日の演目は<第七景>『小督』(こごう)と<第八景>『大会』(だいえ)。河村さんは『小督』のシテ方を務められる。

 私はお能には全くの素人で、『能』の鑑賞はほとんど初めてと言っても良い。ずっと以前、知り合いの勧めで福岡の能楽堂で「俊寛」を見たと思うが、不覚にも睡魔には勝てず、かなりの時間を眠りこけてしまった・・・と言う前科を抱えている。「俊寛」については、それよりさらにずっと以前に、東京で新作オペラとして鑑賞した経験はあったのだが・・・。

 会館の舞台正面の2列目に席をとることが出来た。入り口で頂いたプログラム(A3サイズ)には、表裏に細かい字でビッシリと能の解説、色々の角度から<能へのアプローチ>を事細かに導いてくれる様子である。間もなく開演すると、ご老人が一人舞台に登場して約30分、本日の演目にまつわるお話を柔らかい口調で語ってくれた。なにしろ京という街には、能の題材に上げられた場所が現存するのだから凄い。文化と歴史と現代が、感覚の中でリンクする。自分の中に眠っていた日本的精神文化がゆっくりと目覚めてくる思いがした。

 『小督』が始まると、《言葉》が良く聞こえてきた。これはプログラムの解説と事前の解説により、物語の背景と流れが理解できたことによるものと思う。そもそも「能」とは、それ等諸々の教養を身につけた人が、その教養を基に自らの《イマジネーション》を膨らませ、(自らの意をもって)「能」の<演じられていない部分><表出されていない部分>を<現実の生命感>で満たすことにより「生の感興」を味わう、その為の《仕掛け》に他ならないのではないか、と思われる。

 翌日の夕方、龍安寺を訪ねた。30年前、留学中の一時帰国で、どうしても尋ねたくて訪れた石庭。腰を下ろした瞬間に、眼前の白砂が一気に焦点を結んだ衝撃的な体験を思い出す。人はよく15の石についてアレコレ語るようだが、私は「石」は単なる《仕掛け》以上のものでは無いと思っている。核心は石と石とによって区切られた『空間』に存在する。配置された石が、そこに焦点を結ばせるのだ。水戸光圀が寄進したと伝えられる“つくばい”に『吾唯足知』と印されている。『ワレ、タダ、タルヲ、シル』、焦点を結んだ《白砂》のいずれもが、そう語っていると感じられるのだ。

 『お能』における舞台装置・音楽・地謡・所作は、全てこの配置された「石」に他ならないのではないか。<小督>が終わり、舞台から演者が静かに退場する様を見ながら、能の本質は『余韻』にあるのでは無いか・・・と思った。今静かに幕を閉じようとするその背後に、「人の世を生きる」とか「人を愛する」と言う『永遠のテーマ』が浮かび上がってくるのが感じられたからだ。

 お能が完成されたのが1410年頃、龍安寺が建立されたのが1450年。室町時代に完成された此れ等の様式は、ユネスコの世界遺産に登録され、今や世界の宝物と認識されている。我々日本人も、心を澄ませて、もう一度見直してみる必要があるのではないだろうか。
<終演後、楽屋で河村晴久さんと。2枚目、龍安寺石庭にて>
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by jmc_music2001jp | 2010-09-20 20:48 | 芸術随想

東京、秋の気配

 東京に来て4日、日増しに秋の気配が漂ってくる。昨日はトヨタ自動車の本社を訪問したが、背広を着用しても何とか凌ぐことができた。午後4時前、水道橋の駅を降りると後楽園球場へ通じる陸橋は野球観戦のお客さんの行列で一杯。ノロノロとした歩みをかき分けるように道路をまたいで向こう側に急いだ。

 社会貢献推進部のS氏と約1時間、主に「トーサイ・ミュージック・ネットワーク」「レーベンス・マイ」についてご報告。音楽界の有り様についても様々な意見交換ができて、大変有意義な時間であったと思う。

 時間は前後するけれど、14日は高校の同級生との邂逅、実に45年振りだった。不思議なもので、顔を合わせた瞬間にそれぞれの「個」が持っている「壁」が(まるで轟音でも立てるかのように)崩れ、瞬時に気持ちが一つに繋がった・・・何故だろう?不思議な事もあるものだ・・・次の日は、一日中その『不思議』が私の想いの中を巡っていた。

 『信頼』や『絆』は、人間が最も希求してやまないものであると思っているが、45年会わずに居た人間同士が、会った瞬間にソノようなものを強く感じ、そこから来る『安堵感』に包まれて全ての時間を過ごす・・・コレは一体『何』なんだろう?・・・・非常に大切にしなければならない仲間であることだけは間違いない。

 明日は<e-Book>関連で二人と会い、一社を訪問する予定だ。金曜で今回の東京滞在も終わり、土曜朝早くの新幹線で京都に向かう。
<高校同級生、45年振りの邂逅。前列の3名は、3年8組で学んだ仲間>
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by jmc_music2001jp | 2010-09-16 21:38 | 芸術随想

移動が“一仕事”

 猛暑が過ぎ、ようやく秋の気配が漂い始めた東京に降り立ったのが14時30分ほど。薄曇りの東京、京成電鉄を品川で乗り換える。今回は一週間の滞在である上に、パソコンや資料も多いので、海外旅行用のトランクに詰め込んで運んできた。

 帰りは、京都に向けて出発する前に、パソコン以外の荷物は宅急便で自宅に送るつもり。だから荷物の大きさも大して気にはならなかった。ところが品川で乗り換えてみると、エスカレーターが無い!・・・「東京でもコレか!」と愕然。意を決して<上り><下り>の階段をトランクを手にもって運ぶ。腕にズシリときたが、日頃の運動不足を一時的にも解消できてラッキぃー!!・・・と思う事にした。

 「秋葉原」乗り換えで「亀戸」、駅から真っすぐ200m・・・移動だけでも“一仕事”である。部屋に落ち着くと直ぐに明日のアポをとる。明日の13時に企業メセナ協議会(東京駅)、15時にはクラリネット奏者との待ち合わせが決まっている(池袋)・・・と、そこに同級生のK君から電話。夕方18時20分に「錦糸町」改札口で待ち合わせることになった。

 45年振りの同窓会は「錦糸町」駅前の寿司屋。4人の同窓生が駆けつけてくれ、私を含めた5名で旧交を暖めることになった。突然の呼びかけにこんなに反応して頂いて、本当に感謝の気持ちで一杯だ。
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by jmc_music2001jp | 2010-09-13 21:25 | 芸術随想

明日から東京

 明日、午後の便で東京にゆきます。金曜日まで約一週間を東京で、土曜日は京都へ、観世会館で「能」の鑑賞です。日曜日は一日かけて京都観光。土曜・日曜は楽しみ一杯の週末となります。

 東京では<e-Book>や「トーサイ・ミュージック・ネットワーク」関連の仕事ですが、火曜日の夜には高校時代の同級生が集まって旧交を温めます。なにしろ45年振りに会うわけですから・・・どんな感じでしょうねぇ。3年8組で学んだ同級生が関東に3名住んでいるそうで、突然なので全員が集まれるとは思えませんが・・・なんだか不思議な気がします。

 東京・京都のこともブログでご報告できるようにしたいと思っています。

 では!行ってまいります。
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by jmc_music2001jp | 2010-09-13 02:14 | 音楽企画制作
 食道癌で療養していた小澤さんが、松本の<斉藤記念オーケストラ>で復帰した。残念ながらBS放送の最期の一部しか見ることはできなかったが、印象的な一言が心に響いた。今回の療養中に『音楽は人間が生きていることに直接繋がっているんだなぁ』とつくずく感じ入ったらしい。「歌や、鼻歌歌っている時・・・なんかも・・」、この人は《肝心なこと》をチャントつかんでいるんだな!!・・・っと、今更ながらに感心した。素朴な印象だが、的確に本質を貫いている・・・。

 続いて<東京カルテット>のインタヴューと演奏が放映された。カルテットの魅力について、異口同音に語ったのは、その世界のつきせぬ深さであった。練習中に本気で喧嘩になったり、物事を決定するにも4人の同意なくては決定できない不自由さについても語る・・・それでも尚、弦楽四重奏の世界の《魅力》が勝っているのだ。

 「練習中の喧嘩」と言えば、留学中にスィートナーがシェフを務めるベルリン・ドイツ歌劇場の練習を一週間ほど見学させていただいた時の事を思い出す。歌劇場の色々な場所を案内していただいた内に、弦楽四重奏の練習の場にも入れていただいた。そこでも「本気の喧嘩」を目の当たりにした。客人の存在を忘れて本気で<喧嘩>する様子を見ていると・・・こうして4人の個人としての<個の垣根>を互いに崩し、無くそうとしているのだな・・・と理解できた・・・こうして弦楽四重奏の世界が切り開かれて行く。

PMFのレッスンで、弦楽四重奏を指導する池田菊衛(彼は桐朋の同級生)さんの話が印象に残った。「君たち結婚していないから分からないかもしれないが、夫婦はいつも一緒にいるけれど、それでも(男女の間で理解しあうのは)難しいだろう?」・・・それに対して「(メンバーの)私達は、それ程愛し合っていないので分からないワ」・・・と、いかにもトンチンカンな会話が交わされる。もっとも、結婚未経験の彼らに、理解せよと言っても無理な話ではあるのだが・・・。

「人が生きる」と言う感覚には、「自分が生きている」と実感する領域があり、「楽しい気分だから、思わず鼻歌が出た」と言う状況がソレにあたるだろう。しかしもう一方で、人間には「他者との共感・共生」を得たいと言う強い欲求もまた存在する。『夫婦』であったり『親友』であったり『同志』であったりするわけだが、ここには何時の時代にも<苦悩>が同居していた。

ここに<苦悩>した人類は、悔恨の情を込めつつ「恋愛は美しい誤解であり、結婚は惨憺たる理解である」と言う名言を残し、自らを振り返り「そのマンマだワ!」と思い当たる人達は、“綾小路きみまろ”のトークに笑いコロゲルのだろう。しかし弦楽四重奏のメンバーはソレを容認はしない。お互いの『垣根』を完全に取り崩すまで、真剣に喧嘩するのである。それは彼らが「音楽」を通じて、深い次元における人間の生の『完璧なる共生・共感』を希求しているからに他ならない。
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by jmc_music2001jp | 2010-09-12 06:01 | 芸術随想
 9日は福岡東ロータリー・クラブ創立40周年式典がホテル日航福岡で行われ、4時からの式典、6時からの祝宴に出席、友人達と楽しい時を過ごしました。

 ロータリー・クラブに16年間在籍、2004-2005年度の会長を務め、2006年に退会いたしました。この16年間に学ばせていただいた事は数多くあります。なによりも一般社会のリーダーの方々との交流から、社会の様々を知り得たことが最大の収穫であったように思います。

 これから進めようとしている「レーベンス・マイ」や「トーサイ・ミュージック・ネットワーク」の組織形態・組織運営に多大のヒントを得たのは、ロータリー・クラブそのものに他なりません。それ等で得た知識を『音楽』の為に活用させて行きたいと思っています。

 ロータリー退会直後から、<e-Book>開発の為に丸一年間“徹夜”いたしました。開発に没頭する為に、ロータリーから離れることも必要だったのです。今や『開発』も完了し、今後は色々な分野における出版事業を展開しなくてはならない時期です。軌道に乗って少し時間のゆとりができれば、ロータリーに復帰することも考えられると思います。嬉しいことに多くのベテラン・メンバーから復帰を促すお声をいただきました。今はただ一人となった、在籍40年の最古参メンバーからは「君はロータリーの《顔》だ、また復帰しなさい」とお声掛けいただいて恐縮いたしました。ロータリーに復帰することがあれば、今度はロータリーへの恩返しをしなくてはなりません。
<今年度会長の古賀さんと・・・背後の看板を入れてもらうように依頼したら、二人が隅っこに追いやられてしまいました........>
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by jmc_music2001jp | 2010-09-10 22:02 | 芸術随想
 このところ《e-Bookコールユーブンゲン》原稿の作成に、終日パソコンと向き合っている。パソコンでの操作そのものは、ある意味単純作業の連続で、かなりの苦痛を伴う。しかし私自身の<パソコン仕事術>として、『音楽』を聴くことにより『心』の目線を『音楽』に移動させ、それらの苦痛から解放されるように工夫をしている。

 色々なCDを掛けながら作業を進める内に、チャイコフスキーの序曲「1812年」を掛けることになった・・・と言っても、「新世界」(ドヴォルザーク)、「モルダウ」(スメタナ)に続いて収録されていた曲で、特段「1812年」に狙いを付けて掛けた訳ではなかった。

 パソコンの作業を進めながら・・・始めは「何の曲だろう?」と思った。その内、「チャイコフスキーの序曲<1812年>かァ....!!?」と判明したものの・・・・最初に何故「何の曲だろう?」と思ったのだろう....と考えていた。(もちろん、パソコンの作業を休むことなく進めていながらの事.....)

 先ず<音質>が『ロシア』のものでなかったのが、「何の曲だろう?」と思った最大の原因だと思う。まるで「グリーン・スリーブス」を聴いているような音質なのだ。後でCDジャケットを見ると、「新世界」「モルダウ」はベルリン・フィルハーモニー、序曲「1812年」はフィルハーモニア管弦楽団、指揮はいずれもヘルベルト・フォン・カラヤン。

 フィルハーモニアと判明してからは「グリーン・スリーブス」も宜なるかな!・・・と思った。「1812年」の冒頭の部分のようなメロディー・ハーモニーは、英国の人の感性には「グリーン・スリーブス」と重なるものがあるのだ!

 私のウィーン留学中にも、似たような体験がある。一つはO.スウィートナーの指揮クラスで、先生がベートーベン「田園」の<農民の踊り>の部分のメロディーを、テーブルを指先で叩きながら歌った時だった。その<手首のリズム>を見た時に、「このリズムは日本人には無い!」・・・と、衝撃を受けた......日本人に無いものを追求することが、はたして自分の一生の目標なのであろうか!......???!!

 それ以降、私の目標はセルジュ・チェリビダッケ一人に絞られることになる。「全て、可能な限り<よけいな物を排除>した、その後に残ったものを『音楽』と呼ぶ」・・・民族も歴史も文化も排除した、その後に残るものがあるとすれば・・・それが『音楽』である.....ココにしか、我々(日本人)が追求するべきものは無いのではないか。そう決心して、ミュヘン・フィルの指揮者講習会に参加することにした。この決心は、私の人生で最も意味のある決断であったと思う。

 もう一つ、ムジーク・フェラインでのコンサートが思い出される。ある時、フランスのパイヤール室内管弦楽団の演奏会をムジーク・フェラインで聴いた。そのプログラムの最期にドヴォルザークの弦楽合奏曲が演奏されたが、その演奏で驚いたのは・・・スラブの質も肌合いも全く無いのである!・・・フランス風の洒落たテイストで調理され、いかにもハイセンスなのだ!!!!・・・同じヨーロッパで、平気でこのような演奏が実際に行われていて、それに聴衆が特段文句を付ける様子も無い・・。

 ・・・・では!、日本人には日本人の感性をフルに発揮した「世界に通用する音楽」があるのではないか!!・・これが、私に課せられた命題となった。これからは、その育成を目指してやってゆきたいと思っている。

 

 
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by jmc_music2001jp | 2010-09-07 06:41 | 芸術随想

私のパソコン仕事術

 このところe-Book『コールユーブンゲン』の制作作業で、終日パソコンに向かうような日々が続いている。残暑厳しい毎日のようだが、残暑厳しい時間帯は室内に籠り、制作作業に打ち込むことにしている。

 私がパソコンと出会ったのは約25年前、マッキントッシュが日本に上陸した時だ。店頭で操作してみて、コレは使える!と閃いて購入した。まだまだMac512の時代、間もなくMac Plusへと進化する。

 パソコンを使って気づいたことは、何時間でも連続して集中することが出来る(させられる)・・・と言う事実と、その危険性だった。『人間の生気』の全てをも吸い尽くすほどの、危険な道具だな・・・と感じた。

 そこで、<自分の心>や<魂>まで持って行かれないように、そのような大切なものは他に預けながら作業に掛かる・・・と言う事を心がけた。私の場合は『音楽』、CDをかけ<自分の心>や<魂>はその音楽に預けながら・・・それ以外の脳の一部だけを使ってパソコンを操作する・・・パソコン操作にはそれで十分なのだ。

 子供達がパソコンや携帯などのゲームに没頭している様子を見ていると、自分の経験からしても、非常に心配に思われてならない。其れ等の行為は、子供の精神の成長への悪影響以外の何物でも無いことは明白であり、社会はもっと大きな警鐘を鳴らすべきである・・・・とかねがね思っている。
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by jmc_music2001jp | 2010-09-04 03:28 | 芸術随想