クラシック音楽、jmc音楽教室、音楽企画制作、音楽普及活動、青少年健全育成、メールはkeizo@ohata.name宛


by jmc_music2001jp

<   2011年 01月 ( 10 )   > この月の画像一覧

 昨日の「題名のない音楽会」で、佐渡裕指揮の“シエナ・ウインド・オーケストラ”を(初めて!)聴いた。例のよって途中からで・・・C.T.スミス作曲「華麗なる舞曲」・・・ブラスで初めての経験だった....「音楽」になっている!!。

 <痛快>そのものの演奏!ブラスバンドを聴いて「音楽」が聴こえたのは、私にとって初めてだ!ブラスと言えば、チンタラ・・・音符を並べるだけの・・・リズムの無い“のっぺり”とした演奏しか(日本では)聴いていなかったし・・・だから(ブラスは)<つまらん物>なんだろうか?・・・っと、ずっとこれまで半信半疑の思いでいた。

 自分がブラス育ちでは無いし、ブラスを指揮して演奏会を持った事も無いので、なんとも確信を持つことが難しかったのだが、今回の演奏で「ブラスでも音楽が出来る!」っと確信が持てた。

 ブラスなんだけれど、オーケストラと遜色無い響きが聴こえる!「オーケストラだ!」「ブラスだ!」と比較する必要も無い程、「音楽」だけが感じられた。指揮者の佐渡さんの、音楽性のなせる技なのだろう。

C.T.スミスの作品と、次にレスピーギの「ローマの祭」を聴いたのだが、圧倒的にC.T.スミスが優れていた。アメリカの<今を生きる!音楽>・・・これこそは、佐渡裕氏の師匠、レナード・バーンスタインの真骨頂とも言うべき『音楽』だ!師匠譲りの演奏スタイルは、久々に私の心を元気にしてくれた。
[PR]
by jmc_music2001jp | 2011-01-31 03:54 | 芸術随想
 最近のBS放送は本当に素晴らしい!今日は14世紀イタリアのルネッサンスを紹介しながら、同(室町)時代の日本と対比させて魅せてくれた。

 元が中国に攻め入ったことが原因で、禅宗の僧が日本に逃れ、彼らの渡来で禅が日本に伝来したと言う。当時の鎌倉では、中国語が通じる程であったとか・・・その中国文化の「禅」を、「日本の禅」に翻訳しようとしたのが、京都天龍寺の夢窓国師だと言う・・・そこから「禅」を根底に敷く『日本の美意識』の萌芽が始まった。

 『日本の美意識』=《引き算の美学》、その極まったものが竜安寺の石庭だと言う・・・・それ等一つひとつの例が、スンナリと腑に落ちてくる。<枯れ山水><能楽><見立て>・・・「日本の美意識」は<引き算>で省いたものを、鑑賞者の想像力で満たすことにより、その『宇宙』を完結させる。

 省いたものを満たすだけの想像力を培うには、鑑賞する側にそれ相応の教養がなくてはならないのだが、実はそれだけでは無い・・・と思っている。「想像する力」「思いやれる心」・・・此れ等の能力は、幼児期の育児体験にその源を発していると、私は思っている(これは、ほとんど「確信」と言える程の、強い想いだ)。

 江戸時代に渡来した宣教師が、母国への報告に書いている・・・「これ程、子どもを大切にする民族を、未だかつて見たことがない」・・・江戸時代に突然こうなったのでは無いことは言うまでもない。これが日本の伝統なのだ、お母さんが大切に子どもを育む伝統が、脈々と受け継がれてきたのだ。こうして育まれた子どもは、「愛を感じる心」「相手を感じる心」「相手を思いやれる心」、ひいては「豊かな想像力」「美を愛する心」が育まれているのだ。

 『日本の美意識』の奥底には、母とのスキンシップを源流として、豊かな『情緒』が育まれて来た記憶が流れている。その『情緒』が<引き算>で省かれたものを導き出し、『日本の美意識』となって満たすのではないか。世界に誇れる『日本の美』は、日本人の豊かな情緒性なくしては現れなかった。

 かつて、日本人が優秀な民族であれた原因は、一重に『子育て』によるものだった、と信じて疑わない。しかし、今日の日本は・・・いったい、どうだろうか?
[PR]
by jmc_music2001jp | 2011-01-25 23:16 | 芸術随想

ナビゲーター

 23日は<2011年ピアノの旅>(まどかぴあ主催)のナビゲーターを務める事になった。初めての経験だったので、この一週間は、ナビゲーターの役割と「話す言葉」の仕組みについてアレコレ考えながら台本を書いた。

 朗読の台本は、冬のミニ・コンサートの台本(モーツアルト「魔笛」)を書いたばかりだが、コンサートのナビゲーターはほんの少し違うのかも知れない・・・と思いながら、その役割について種々検討しながら書く。オペラ「魔笛」の朗読台本は、そのオペラそのものを良く知っておかなくては書けない。その一番の勘所を伝えられるように台本を書き進めなくてはならないのだが、今回の場合は様々な小品や楽章が寄せ集められたような状態だから、そこに一筋の関連性を見つけることに腐心した・・・そこが見えてくるまでが、苦しかったように思う。

 一筋の物語性が浮かび上がれば、それにそって台本を書き進む。苦しみはしたが、結構イイものができたように思う。そんな意味でも、興味深い一週間を過ごせたのだは無いだろうか。概ね好評をいただいたようだが、撮っていただいた写真を見ると、台本を覗いている写真がいくつもあって、人前で話すにはマダまだだなぁ・・・っと思った。
<初めてのナビゲーター>
d0016397_2343197.jpg

[PR]
by jmc_music2001jp | 2011-01-23 23:43 | 芸術随想
 今日は10時30分から14時まで、会場練習に立ち会った。ナビゲーター(初めての体験!)を務めることになっている《2011年ピアノの旅》の会場リハーサルだ。

 <大野城まどかぴあ>は大野城市の文化施設。図書館を併設した、市の文化拠点である。ここの大ホールにはスタインウェイのコンサート・グランドが設置されているが、年間通じてそうそう沢山のピアノ・コンサートが開催されるわけでは無い・・・「もっと<弾き込み>が必要」と言う事になり、市近郊在住のピアニストが<弾き込み>に協力している。普段の協力に応える意味合いもあって、協力者が出演するコンサートが実現したのが昨年のことであった。今年が2回目で、そのナビゲーター役を依頼されたのが、そもそもの発端である。

 お引き受けしたのは<知らない事へのチャレンジ>に興味を引かれたからだった。これまでも<知らない事>に<チャレンジ>した結果、その度に新しい発見があった・・・当然と言えば当然の事なのだが、その度に「世の中が立体的に見える」新しい《視点》が与えられたような気持ちになったものだ。・・・だから、「やって無駄なものは一つも無い」と言えるし、一方で<やる必要は無い>と思うものは、やる必要は無い・・・とも思える。

 16日にサロンが終わり、17日から<台本>制作に本格的に取り組んだ。台本の「たたき台」となる資料は、すでに会館側の担当者からいただいている。集めた資料を台本の形式で整理したもの・・・そこには担当者が描くコンサートのイメージが含まれている。そのイメージを汲み取り、ナビゲーターとして<いかに語るべきか>を考えてみた。

 「書く言葉」と「語る言葉」が違うことは、容易に想像がつく。「歌う」ことと「踊る」ことが、まるで異なる表現形式であることは、誰にでも分る事だが・・・「書く言葉」と「語る言葉」も同じくらい違う事だ、という認識で取りかかるべきであろう。

 丸一日、「語る言葉」とは何か・・・だけを考えた。「語る言葉」を、受け止める《聞き手》の立場にたって、考えてみる。「読む」場合は、読み進む<現時点>の後にも先にも、その視野の中に言葉が見えている。読み終えた一行隣も同様に視野の範囲に捕らえながら読み進むことができる。しかし[聴く]場合は、少々異なる。2ステップ過去の言葉は、すでに記憶からは消え、《印象》だけが1ステップ過去のセンテンスの背後に残るのみ・・・ましてや、次にくるセンテンスの予測などは出来はしない。

 このような違いから目を離すことなく、「語る言葉」を選択する・・・如何に語るべきか・・・。二日目より台本制作に取りかかり、火曜・水曜の二日をかけて台本を完成させた。

 今日(木曜日)の舞台練習で語ってみると・・・時として《噛む》と言う現象が起こるのに当惑・・・なるほど!語りの素人であれば、それも当然ではあるが・・・それならば・・《噛む》ことの少ない言葉の選択も、工夫しなくてはならない.....一つひとつが、新しい体験、新しい工夫。

 <2011年ピアノの旅>は1月23日(日)14時30分開演。入場料/500円。会場/大野城まどかぴあ(大ホール)。ベートーベン:ピアノ・ソナタ「悲愴」2mov、「熱情」3mov/シューベルト:四つの即興曲 第3番・第4番/ベートーベン:ピアノ・トリオ「街の歌」1mov./ショパン:エチュード「別れの曲」、協奏曲No.1 3mov./リスト:「ラ・カンパネラ」、「小鳥に説教するアッシジの聖フランチェスコ」/リスト:ハンガリー狂詩曲 第2番/ニーノ・ロータ:「センチメンタルな悪魔」、「メドレー フロム “ゴットファーザー”」。スタインウェイと2011年《記念イヤー》を迎える音楽家を軸に、プログラミングがなされている。

 
[PR]
by jmc_music2001jp | 2011-01-21 02:53 | 芸術随想

jmc音楽サロン

 昨晩は第96回jmc音楽サロン。ピアノ・トリオの演奏と、日本酒と肴を選りすぐっての新年会。毎年のことながら、大変盛り上がりました。

 今回のトピックは、まるで高校の同窓会のようであったことです。昨年9月に東京出張の折、急な声掛けにも関わらず、4人の同級生が集まってくれました。実に45年振り、高校卒業以来です。顔を合わせたとたんに打ち解けたことは、すでにこのブログでも触れた通りです。

 その折に、新年のサロンの話しが出て、「よしッ、ソレ行く!」「よし、行こ!」・・・っと即座に話しが決まりました。行くことが決まった後で、日程を16日に決定したような次第です・・・この『即断・即決』には少なからず度肝を抜かれましたが、その彼らが来てくれた訳です。

 東京組4人に地元福岡組が私を入れて6人(男女各3名)、合計10名の福岡県立福岡高等学校17回生が集いました。会場を2グループに分けてテーブルをセットしましたが、1つのグループは同窓会色で染め上がりました。

 日本酒も非常に美味!厳選した肴は、日本酒との最高の相性を見せてくれました。これまでで最高の『酒と肴の“幸せな結婚”』が実現したと思います。良く飲み、良く語り.....シッカリと友情の絆を固める事が出来たのは、幸せなことでした。

 日本酒で印象に残ったのは、越後湯沢から取り寄せた『鶴齢』(純米吟醸無濾過生原酒山田錦)と『常きげん』(大吟醸/平成22年全国新酒鑑評会金賞受賞)の二銘柄・・・世界に誇れる、日本の文化。こんなところに『日本の魂』が生きていたのですね....。
<ベートーベン作曲 ピアノ・トリオ「街の歌」第1楽章>
d0016397_18425868.jpg

 
[PR]
by jmc_music2001jp | 2011-01-17 18:43 | 芸術随想

“前奏曲と愛の死”

 先日深夜、BS2でトスカニーニ・NBC交響楽団の古い映画が放映された。曲目はワーグナーの<トリスタンとイゾルデ>“前奏曲と愛の死”。ロマン派音楽の最高傑作の一つに数えられる名曲だ。

 演奏は、文字通り『歴史的名演』と言える名演奏で、若し<歴史的名演奏世界遺産>の登録が始まるならば、いの一番に候補に上がるものだと思う。(本当はそんな事もやった方がイイのだ。そうすれば、人類がもう一度『魂』のことを振り返るいいキッカケになると思う....このまんまで、イイわけ無いから)

 トスカニーニは『魂』で聴きながら<指揮>している。<手>よりも<耳>で指揮しているのだが、この演奏で驚いたのは、その指揮法が完全に理にかなっていたこと・・・指揮法が理にかなっていた事で、トスカニーニの頭の中に在る音楽が、正確に演奏者に伝わった・・・その結果が『歴史的名演』の実現に繋がったのだ。

 続く「ワルキューレへの前奏曲」では、トスカニーニの指揮法の悪い面が出てしまい、出てくる音楽に<キズ>が付く結果となった。彼の欠点は、演奏者に対する《予備運動》はちゃんとやっているのだが、そのまま<自然落下>にまかせておけば良いものを、残念ながら上(折り返し点)で手の運動を保持してしまう。音を聴いて次の拍を指示するべく「叩く」のだが、先ほどの「手の保持」が災いして、演奏者は<動き始め>(折り返し点)を点(拍)のように感じてしまう。この瞬間、演奏者の心理には非常なストレスが掛かることになる。準備した「拍」を安心して「音」に表出することが出来ないからだ。準備(予測)したものと、実際の音を出すタイミングのズレを常に感じながら、演奏を続けなくてはならない・・・演奏者にとっては拷問を受けているように感じたであろう。

 指揮のテクニックの解明は、それぞれの指揮者の経験の中から少しづつ明らかになっていった。各指揮者が長所・欠点をかかえながら徐々に解明がすすんでいったのだ。指揮法の教科書のお手本のような精緻なバトンテクニックを持つザバリッシュ(N響・ミュンヘン歌劇場)も、指揮法を習ったのではなく、自分で考えてあのレベルに到達したのだし、カラヤンだって同様なのだ。指揮法の全体系を総括して、メソッドとしてまとめあげた人は未だにいない。運動の基本と根本を、体系付けて整理したのが斉藤秀雄である。その意味で優れた業績を残した人物だと言えよう。
[PR]
by jmc_music2001jp | 2011-01-15 12:23 | 芸術随想
 ベルディ作曲、歌劇《リゴレット》が放映された、舞台ではなく実際の宮殿等を舞台に、遠隔地を互いに通信で結んでの実況演奏の試みであったらしい。舞台装置では無く、実際の建物を使っての録画だけに、<舞台>が自然そのままであった事は高く評価される。

 リゴレットにプラシド・ドミンゴ、歌手は実力者揃いで十二分の説得力を持って我々にせまってくる・・・重厚なドラマに仕立て上げられていた。指揮はズービン・メータ。オーケストラはイタリア放送管弦楽団である。

 一番気に掛かったのは、オーケストラのリズム感だろう。ズービン・メータはインド人。オーケストラはイタリアのものだから、ここはやはり指揮者に起因するようだ。例えば外国人が歌舞伎の舞台に立ったとしたら、足の運び・大見得を切るリズム感・様々な所作に現れる<リズム>が・・・・・「何か、違うヨナぁ〜」と言う事になるであろう。そのような感じなのだ。イタリア独特のリズムの切れの良さ・・・例えば、イタリア製のスーツの襟は<スッ>と鋭角に立っている。そんなのが「みんな丸い」のだ・・・・・「何か、違うヨナぁ〜」となるのは致し方ない。

 大テノール『プラシド・ドミンゴ』も、往年の声の輝きを失っているのは当然のことで、ソコを問題にするべきではない(コレは当然)。今回のプロジェクトで問題を残したのは「演出」ではないだろうか?娘を奪われたリゴレットが宮殿に帰ってくる・・・「コイツらが犯人であることは間違いない」・・・問い正すが、撥ね付けられる・・・次第に心理的に追いつめられるリゴレット・・・ついに日頃の「仮面」で立ち振る舞うことも出来なくなり、娘を返してくれと『懇願』しはじめるまでの心理の変化・・・此れ等のプロセスは、「壮絶な人間ドラマ」なのだ・・・その作りが甘いと思う。

 撥ね付ける男性集団への演出も極めて甘かった。「娘?・・・アアそう?・・・知らんかった・・・何か悪い事しちゃったの?俺たち・・・」・・・そんな程度の演出なのだ。二十人程は居るのだから、すくなくとももっと多様な心理を配分することは出来たであろう。しかし、この部分での本質は人間心理の奥底に潜む<集団イジメ>の本能なのだ、その惨さと、追いつめられ次第に崩壊してゆく「リゴレットの自尊心」とが生み出す大ドラマなのではないだろうか。現代の学校で問題となっている<集団イジメ>の現場でも、本質的には変わらない「イジメる側の様々な心理」があると思う。それが表出されていなければ、何も芸術である必要は無いのではないか?・・・と思う。

 もっとも、楽譜には追いつめる側の心理は描写されてはいない、焦点はあくまで追いつめられる側のリゴレットにある。リゴレットの壮絶な人間ドラマを表現するには、掘り下げが甘かったと言わざるを得ないのではないか?・・・演出家の責任だ。
[PR]
by jmc_music2001jp | 2011-01-09 02:58 | 芸術随想
 jmc音楽研究所の電子書籍<フィールヴェーク>は、ソルフェージュ・合唱教本の古典として評価の高い『コールユーブンゲン』(1・2巻)を刊行、ネット上での発売を開始いたしました。
d0016397_0511816.jpg

 ソルフェージュ能力の向上に焦点を当てて編纂、標準のテンポでの練習を重ねた後、早いテンポによる練習で一層の能力向上が図れるように工夫されています。

 <演奏ボタン>は1)主和音による標準テンポのみの提示、2)主和音による標準テンポと課題をピアノで演奏、
3)主和音により提示される早いテンポ、4)主和音により提示される早いテンポと課題のピアノ演奏、で構成されています。学習者の設定した<学習テーマ>に沿ってボタンを選択します。
d0016397_0351748.jpg

 第2巻では、1)主和音により提示される標準テンポ、2)主和音による標準テンポと第1声部の楽曲、3)主和音による標準テンポと第2声部の楽曲、4)主和音による標準テンポと全声部の楽曲、で構成されています。「演奏される声部の他の声部を学習者が歌う」等、<学習テーマ>に沿ってボタンを選択します。

 音楽大学の入試対策として活用していただけると思いますし、保育士の資格試験や合唱団員の能力向上にも大いにお役に立てるものと思います。仔細はjmc音楽研究所ホームページから<音楽市場>→<Vier Weg>と進んでいただくか、又は下記URLから。

http://www.geocities.jp/jmc_music2991jp/VierWeg.html

d0016397_048930.jpg

[PR]
by jmc_music2001jp | 2011-01-07 00:48 | 音楽企画制作

第96回jmc音楽サロン

 新年明けましてお目出度うございます。第96回jmc音楽サロンのご案内です。新年のjmc音楽サロンは、毎年選りすぐりの日本酒を皆さまに楽しんでいただいておりますが、今年も皆さまの期待に十二分に応えられる銘酒を揃えることができました。
 演奏はヴァイオリン古田茂稔さん、チェロ岸本義輝さん、ピアノ大畑康子によるピアノ・トリオをお楽しみください。パーティーでは、<本物>の日本酒と酒に合う肴を吟味、<友>との語らいと共々、十二分に楽しみたいと思います!
 お会い出来る日を心待ちにしています。

《第96回jmc音楽サロン》
1月16日(日) PM6:00 jmc音楽研究所 2F ホール

《音楽》
Beethoven ピアノ・トリオ No.4『街の歌』 第1楽章
Mozart ピアノ・トリオ No.7 K.564

Violin 古田茂稔  Cello 岸本義輝  Piano 大畑康子

《パーティー》
《菊姫》限定酒にごり酒・山廃純米吟醸(平成11年)
    原酒・山廃純米「鶴乃里」
《黒帯》「燦々」
《久保田》萬寿
《鶴齢》純米無濾過生
《常きげん》大吟醸・山純吟・純米吟醸

本物の酒と十分吟味された肴を準備して
皆さまのお越しをお待ちしています。

Concert PM 6:00-開演(開場5:30)
jmc音楽サロン・パーティーPM6:30
会場:ジェイエムシー音楽研究所 2F ホール
会費:9,000円 TEL.092-575-3267

*参加ご希望の方は下記アドレス宛、メールにてお申し込みください。
jmc音楽研究所
jmc_music2001jp@ybb.ne.jp
[PR]
by jmc_music2001jp | 2011-01-03 04:31 | jmc音楽倶楽部

謹賀新年

 新年あけまして お目出度う御座います。  平成23年 元旦

2011年の新しい年が 明けました。

ジェイエムシー音楽研究所《最新情報》をご訪問いただいている皆様に
新年のお祝いを申し上げます。

昨年はレーベンス・マイ福岡を立ち上げ
新たな一歩を踏み出した年でした

今年はレーベンス・マイの広報に努め、仲間を増やすと共に
会の運営を軌道にのせることを目標といたします。

2010年は電子出版元年と言われています。
アメリカのアマゾンやアップル、さらにはグーグルと
世界的な巨大企業が電子出版に次々と参入いたしました。

ジェイエムシー音楽研究所の電子出版事業は、4年のアドバンテージを持っています。潮流を正しく読み、独自の戦略をもって今後の展開に挑まなくてはなりません。

今年度の布石は、次年度以降の飛躍の為の大きな鍵となります。
今年が正念場・・・・そう信じて立ち向かってまいります。

今年も宜しくお願いします。
そして!皆様の幸多き一年を、お祈りしています。
[PR]
by jmc_music2001jp | 2011-01-01 01:31 | 芸術随想