クラシック音楽、jmc音楽教室、音楽企画制作、音楽普及活動、青少年健全育成、メールはkeizo@ohata.name宛


by jmc_music2001jp

<   2011年 07月 ( 10 )   > この月の画像一覧

“指揮法”の試験

 福岡女子短期大学音楽科2年生の“指揮法”の試験が始まった。今日と8月4日の2回で全員に指揮の実技試験を施す。授業の前半で課題曲の総ざらいをやってから、約半分の生徒の実技試験を行った。

 何度注意しても、ついに最期まで平均運動の肘の位置が下がったままの生徒も居るには居たが、おしなべて重要なポイントはほぼ理解して、指揮の実践に繋げてくれていて安堵した。

 来週は残る半数の試験を行い、今年の指揮法の講座は終了となる。素直で真面目で熱心な学生であったことが特に印象に残る年度であった。生徒からの信頼が感じられる授業だったので、これで終わるのは少々寂しさを感じる程である。色々沢山教えてあげたいこともあるけれども、大学の講義と言う一定の枠の中での制約は、如何ともし難い。
<ウェーバーの課題曲で実技試験>
d0016397_2201946.jpg

[PR]
by jmc_music2001jp | 2011-07-29 02:20 | 芸術随想
 昨晩は“福岡の文化を考える会”の例会だった。2ヶ月に1回開催されるこの会、スタートしてかれこれ7〜8年は経っているだろうか。永く福岡の地で文化活動を支え推進し続けている女性達が中心になって呼びかけられた会。福岡市及び近郊の様々な分野の芸術家や文化施設関係者が参加している。

 中心になって来たメンバーは、決して『文化的』とは言い難い福岡の地で、永年に渡って文化的事業の推進に身を賭してきた人達だけに、ナカナカの筋金入りの強者ぞろい。<あきらめない><へこたれない><夢を追い続ける>・・・実際、大したモノだと思う。“なでしこジャパン”の<金メダル>が見せてくれた、『日本女性の本当の強さ』をココにも見いだすことができる。

 昨日は何時に無く、真面目で真剣な意見交換が行われることになった。中心メンバーの座長が、虐待や親からの保護が必要な子供達の施設の運営に関わっていて、その報告をきっかけに学校の先生が家庭訪問の折の「親」の問題を語り、様々な人から「今」の世代の親子の問題への意見が陳べられた。これだけ多くの人が問題意識を持っていると言う状況は、如何に事態が深刻であるのかを物語っている事に他ならない。身の回りの不可思議な現象に、皆が言い得ぬ不安を抱いているのだ。原因が明確になっていない今、大地が裂けて、奈落の底に落ちるのではないか・・と言った言い得ぬ不安感に捕われている。

 かつて私も、子供達への心配から、かなり色々調べてみた時期があった。私の得た結論は『学習する動物・人間』『育児』の問題に行き着くことになったが、この混沌と不安に包まれた現状に、誰か明快な『解』を示してくれないだろうか・・と願うばかりだ。私自身かなりハッキリとした結論にいたったとは言え、実際にそれを社会に向けて発信しようとすれば、膨大な労力を要することは明らかな事。今取り組んでいる音楽関連の事だけでも、とてもやりきれない程の労力を要するだけに、気になってしかたがない事ではあるが、取り組む余力が無いのが現状だ。
[PR]
by jmc_music2001jp | 2011-07-26 09:29 | 芸術随想
 現在のレーベンス・マイの活動を、「日本人音楽家の為のマネジメント」の確立と、「クラシック音楽愛好家の育成」を目的とした事業へと進展させなくてはなりません。現在、クラシック音楽愛好家の高齢化と言う問題もございます。次に続く世代が育っていない、又は育てる努力を怠って来た・・・とも言える状況下にあります。

 近年、ブラスバンドが隆盛を極めましたが、ブラスバンドはコンクールに明け暮れしているのが現状で、クラシック音楽愛好家の育成にはほとんど無関係と言えるのではないでしょうか?しかも、朝練・昼練・夕練と、コンクールの準備にその青春を燃焼し尽くしたかのように、卒業後は音楽から離れる子供の方が多いくらいです。

 「心の新芽」が育つ小学校から中学校の時期に、『本物の音楽』に『生演奏』で接することが、音楽の本当の美しさ・素晴らしさに気付きを得る為の理想的な環境であることは言をまたないのではないでしょうか。この環境と条件を調えたい・・・と言うのが、今努力していることの目的です。

 更に現在、福岡県下各地区の公共ホールにおいて、5年間に渡って演奏会を実施することへの準備が進みつつあります。それ等の舞台にレーベンス・マイのオーディションを通過した音楽家に演奏機会を与えるべく、計画を推進中です。

 現在、これらの<演奏会プログラム>を研究開発する会の立ち上げのために「趣意書」を作成し、音楽家に呼びかけを行うことにしています。二日内には、呼びかけをスタートさせることができるでしょう。
[PR]
by jmc_music2001jp | 2011-07-23 22:59 | jmc支援事業

指揮法の授業

 大学の指揮法の授業も2回を残すだけ、来週と8月第1週は実技試験を実施する。半期だけの授業だから、指揮法の基礎理論と実技だけに絞られる。それでも最後の時期になると、ほぼ全員が一応の指揮は出来るようになる・・・でなくては、私の存在意義が無くなると言うものだ。

 今年の生徒は礼儀正しいのが特徴で、印象に残る生徒達だ。「授業をこれで終わります」と告げると、必ず「ありがとうございました!」と返事が帰ってくる。その度に、新鮮な驚きを感じるのだ・・・気持ちのイイものですね。

 来週の前半は試験曲の<おさらい>をして、後半では半数程の生徒に一人づつ実際に指揮をしてもらって採点評価する。曲はウェーバーの「テーマと変奏曲」より<テーマ>を指揮。斎藤秀雄の「指揮法教程」の最初の練習曲である。

 来週の授業風景をデジカメで撮って、素直で真面目な生徒達の様子を皆さんにご紹介しようと思っている。
[PR]
by jmc_music2001jp | 2011-07-22 02:00 | jmc支援事業
 モンテカルロ歌劇場と言えば、カラー映画初期に作られた名作バレー映画『赤い靴』。未だにアレを超えるバレー映画を知らない。恐らく世界中の人がそう言うだろう・・・それ程素晴らしかった!!

 又、フルーティストの加藤浩彦が在籍したオーケストラとしても忘れ難い。アルプスでの遭難、非業の死が痛まれる。パリにおけるリサイタルのレコードを聴いたが、その才能が失われたことは、未だに残念でならない。

 そのようなモンテカルロ歌劇場バレー団の映像であったが、残念なことに『赤い靴』のような感動は無かった。演目はラベルの「ダフニスとクロエ」、後半はR.コルサコフの「シェラザーデ」だった。

 結局、演出が<説明的>過ぎるのだ。ダンサーの仕草は、音楽のリズム感とフレーズの質をナゾルかのように行われていたが、音楽の本質をバレーと言う『動き』で表出するのでは無く、音楽のフレーズとリズムに沿って<振り付け>を行った・・・と言うだけの結果だった。

 もちろんカメラは劇場内の数カ所から撮影されていた。しかしその映像は、その内の一カ所からの映像を選択したダケであった。この時代にあって、なぜ複数のカメラ映像を融合させて見せようとしないのか・・・視聴者は劇場には居ないのだ!・・・家庭のTV画面で鑑賞しているのではないか!!

 方法はいくらでも在ったハズである。「視聴者=顧客」の視点に立たなくて、イッタイ何をすると言うのだろうか?!
[PR]
by jmc_music2001jp | 2011-07-17 04:07 | 芸術随想
 11日(月)はレーベンス・マイ福岡の《第9回例会》を開催いたしました。今回は顧問の秋山和慶さんをお迎えしての例会で、本来6月に開催するものを日程変更して開催いたしました。

 演奏は藤井誠也さんのピアノ独奏でスクリャービン「ソナタ5番」とショパンの「スケルツォ2番」、ヴァイオリンの松坂泰輔さんの独奏(伴奏:徳あおい)でクライスラーの「ラ・ジターナ」、エスペホの「アンダンティーノ」、ラベルの「ツィガーヌ」が演奏されました。若い男性の力強い熱演を、十分に楽しむことができました。

 その後、パーティーのセッティングの為の休憩時間を利用して<集合写真>をパチり!秋山さんの<乾杯>の音頭でパーティーがスタートいたしました、スパークリング・ワイン、白ワイン、ビール、それに手作りの沢山のオードブルにフランスパン・・・皆多いに楽しみ、終了予定時間の21時に「次回の開催日」の確認をして、一先ず閉会の挨拶はしたものの、誰も帰る者もなく、楽しい会話が10時30分まで続きました。

 大の大人が、これ程胸襟を開いて、寛いだ空気の中で大いに語り、大いに楽しむということは、それ程あるものでは無いな・・・と思いました。本当に一緒に居る時間を楽しんでいて、レーベンス・マイが理想的な成長を遂げつつ在る事を実感しました。秋山さんも一番最後まで残っていただき、楽しく時を過ごして頂けたようで何よりでした。
<パーティー前に集合写真を/Pf:藤井誠也、Vl:松坂泰輔>
d0016397_0234995.jpg


d0016397_1631328.jpg

[PR]
by jmc_music2001jp | 2011-07-13 00:25 | 芸術随想

終了!“模様替え”

 今日で所長室の模様替えが終了した・・・目出たしメデタシである。私の机の右隣には立派なステレオ・ラックが設置され、プレヤーだのアンプなんぞが整然と並べられ(但し、未だ結線されないまま、見かけだけ整然ト)、上面には液晶テレビがデン・・・である。

 背後の書棚の横にはパソコン・ラックを利用して、コーヒー・カップやお茶を収納するケースが出来た。見た目スッキリ。そこにはリビングから移したアララット(アルメニア産のブランデー)を2本。これは私が一番愛するブランデーで、かのイギリスのチャーチルも愛飲していたと言う代物。これを飾るだけで、何だか楽しさが倍増する。

 さて、それ以外には見た目に変化が無いようだが、何の!!実は<見えない部分>が大きく変わっているのだ。普段は閉じられている収納の中や倉庫の中が整然と整えられれて、ケース毎に分類され収納されている。・・・ソコの部分が一番気持ちがイイ。

 明日はテラスを整理しよう。
[PR]
by jmc_music2001jp | 2011-07-10 01:08 | 芸術随想

博多ン流儀?

 松本龍復興担当相が、就任僅か9日で辞職したことが話題になっている。ここで“政治”に関連してコメントするつもりは全く無いが、問題の発端となった二つの県庁(たぶん知事室)での発言を、私も見た。そして『モロ、博多やなぁ〜』と思わずつぶやいた。

 私の父は戦前の大阪育ち、母は高知出身で結婚後は大阪に住んでいた。私は戦後生まれで、幼稚園に上がる前に、疎開先の高知から福岡に移り住んでいる。私は福岡育ちではあるが、我が家の会話の中心は<関西弁>と、時折母の口から出る<高知弁>。我が家の中に土地言葉の<博多弁>が飛び交うことはなかった。

 そんな家庭環境に育った私は、高校を福岡県立福岡高等学校に進学した。福岡はその昔、武士が住む<福岡>と商人が住む<博多>に大きく区分されていた。私の高校は、博多商人の住む、最も博多らしい情緒が色濃く残った地域に、百年近い歴史を刻んでいるような学校だった。そこに迷い込んだ<よそ者>の私は、何とも言えぬ“空気”や“雰囲気”や“風習”の違いに、内心戸惑いを覚えていた。

 永く、その違和感の原因が分らないままで居たが・・・今は分る。丁度この時期、博多の街は《山笠》一色で染め上げられる。15日未明の『追い山』に向けて、徐々に徐々に、一刻一刻と緊張の度を高めてゆき、山笠本番<追い山>の日には、市内七つの町内の<かき山>が、重量1トン・全長5キロのコースを総勢500人の<かき手>が入れ替わり担ぎ上げながら、そのタイムを競うのである。

 車が付いている訳では無い《丸々重量1トン》を、総勢500人が協力しつつ、全長5キロを走り抜けるのである。これを集団として成功させ、1秒でもタイムをつづめようとすると、その集団には自然と強烈な文化や伝統が醸し出される事になる。これが年々積もってゆけば、“博多ん者”(はかたんもん)の気質が自然に姿を現してくるのである。

 「おうまん」(細かいことは気にしない)な性格。「ごちゃごちゃ言いなんな」(ごちゃごちゃ細かい事は言うなよ)。「長幼の序」をきちんとする。そして、相手のことを想いやる深く細やかな心。(色々ごちゃごちゃ在っても)<博多手一本>で締めたら、後は一切を忘れる・・・等々、様々な仕来り・伝統となり、文化となって深く根付いている。

 博多の人は一度「何かをやる」と決めると、集まって来て<ドゥアーッ>っとやってのける。終わったら引きずらずに<シャンシャン>と手一本いれて全てを忘れる・・・・・そんな風です、博多の人は。

 重量1トンの<山>は、ごちゃごちゃ言ってたら上がりませんヨ。胸襟を開き、お互いを感じ合い、本気にならなくては上がりません。だから共に<山>を担ごうとする者同士は、いきなり胸襟を開くものだから。端で見ていると、かなり荒っぽい言葉使いになってしまったりもする。それはソレだけ『俺は本気なんだよ』と言う気持ちの現れと言えるのではないだろうか。

 松本龍前復興担当相が「俺は九州だから東北のどこに何市があるか知らん」「本気で考えるヤツだけに、本気で応える」「客人に対する礼儀は守るべき」・・・等々の発言があったようだが、あれは「博多んモンの私としては、本気になってこの未曾有の東日本大震災の復興に取り組む覚悟だ。互いに本気で取り組もう」・・・と言うところを、モロ<博多スタイル>でやってしまった。彼が本気であればある程、<博多気質>で育った彼には<博多ん流儀>で語るのが正直であり、決意が伝わる・・・と思ったのだろう。

 テレビで見た全国の視聴者は、そんな博多の事情など知る由もない。もちろん東北の政治家も・・・かくして「暴言」により、任期9日での辞任となってしまった。東日本大震災復興は、1トンの<山>を人力で担ぐより更に大変な作業だと言う事は、重々分っていたであろう。それだけに本心の本気から、覚悟を決めてのスタートであったに違い無い。しかし、その『表出』のあり方が、「空」を切ってしまった。

 

 
[PR]
by jmc_music2001jp | 2011-07-06 16:34 | 芸術随想

18年前の『志』

 部屋の模様替えをやると、色々と昔の資料なんかが出て来て.....「う〜ム」と、つい読みふけることになったりする。山下くんと言う知らない男性からいただいた封書が出て来た・・・京都市北区93.7.1の消印だ。

 彼の友人が“ふくおか経済”(雑誌)の記者で、その彼から私の活動を伝え聞いたらしい。「聞き手の育っていない土壌には、優れた音楽家の誕生が困難であろうと考えます」「日本社会に芸術の果たすべき役割は大きいに違いありません」・・・と言って、私の活動に励ましの言葉を書き記してくれている。

 確かに、過去に一度“ふくおか経済”の取材を受けて、記事にしていただいた事は覚えているが、中身については忘れてしまった。この手紙からすると「優れた音楽家の育成」などについて語ったに違いない。

 又、スピーチの構成に関する原稿も出て来た、これは何時のものかは分らないが、スピーチのテーマは同じだ。何十年前と『今』と、全く変わっていない・・・何だろうね?『コレ』は。

 そもそも振り返ってみれば、1982年ウィーンから帰国して以来、約30年近く同じテーマを追い続けてきたことになる・・・それが現在の「レーベンス・マイ」となって現実化したが、それとても<途上>のものであり、安定して継続的に活動を続ける運営形態については、現在も模索状態と言っていいだろう。

 前例の無い事に取り組もうとすると、このように時間と労力を求められることは覚悟の上だが・・・、今回キッカケを得て、振り返って見ると約30年・・・少々不思議な気分に捕われる。これは私のライフワークの一つになるのだろうか?

 手紙をくれた山下くん、「一生涯かけて達成するもの」を見極めたい、その「判断力を身につける」為に「来年は<旅>に出る」・・・と結んであった。あれから18年、今はどうしているんだろうか?顔も知らない山下くん、一度会ってみたいな・・・と思う。
[PR]
by jmc_music2001jp | 2011-07-05 23:55 | 芸術随想
 昨日から所長室の模様替えを始めている。北九州からピアノや家具を搬入する計画があって、その設置場所を確保しなくてはならず、その為には現在あるものを他の場所に奇麗に収納しなくてはならない。少々苦労しながらも、楽しんでいる。

 「とりあえず」・・・と袋に入れていた物を、一つひとつ確認しながら<いらぬ物>を段ボール箱にいれる。本や紙類だけで5個の段ボールが出来た。ごみ袋は<大>が一つ半、月曜日のゴミの日には二つが一杯になるだろう。紙のゴミは15日に市の紙資源回収があるので、ソレに出す。

 片付けながら、新しい収納ケースに分類して収めるのだけれど、写真やアルバムの収納はチョットした楽しみの時間だ。両親の若い時代や兄弟の若かりし頃が蘇って、少なからず《心が潤う》。

 来週は大変だ、明日の日曜日を含めて3回北九州に出向かなくてはならない。もう一つ、現在1階のレッスン室にあるG2を2階ホールに揚げて、2台のピアノを並べることにする。そうすれば、協奏曲を演奏したり、2台のピアノの演奏などが可能となり、新しい展開が可能となるだろう。

 秋山さんが11日にいらっしゃるので、その前の週で模様替えを終えていたいのだ。アレコレ将来の使い勝手を考えながら、楽しみつつ汗を流すことにしよう。
[PR]
by jmc_music2001jp | 2011-07-03 01:18 | 芸術随想