クラシック音楽、jmc音楽教室、音楽企画制作、音楽普及活動、青少年健全育成、メールはkeizo@ohata.name宛


by jmc_music2001jp

<   2011年 09月 ( 13 )   > この月の画像一覧

この時代に?!

 台所の冷蔵庫の隣に並べる食器棚を購入したのが1ヵ月半前のこと。ドイツのデザインとのライセンス契約で、家具の町“大川”で制作されるらしかった。大川は同じ福岡県内だし、台所の事情に合わせたオーダー家具ではあるが、近いことだしスグだろうと言う感覚で居た。家具店の店員は「近いですからネ・・」とか言いながら、今思えば妙に歯切れが悪かった。

 その内に自宅に「時間がかかりそう・・・」と電話が入る。ここでも妙に歯切れが悪い様子・・・他のルートから漏れ聞いたところによると、家具の製作所は東日本大震災復興特需で、関連の家具の製造に追われているらしい・・と言う訳で、我が家の食器棚が届くまでには、1ヵ月半を要することになった。

 運送はクロネコ・ヤマトの家具専門チーム。2階に運び上げ、現場を見るなり「ココには置けませんよ」。設置する場所の真ん中の部分は、台所の床(塩ビ)とダイニングのカーペットの境目に幅3cm程のスチールの板が敷かれて、高さは1mm程になる。「いや、その部分に溝を付けて特注にしたのだヨ」っと注文書を見せると、どうやら配送の際に不手際があったらしく、折角の食器棚は持って帰るハメとなった。

 製作所の不手際らしく、家具店の社員が大川まで出向いて探すことになったが・・どうにか「在った」らしい。水曜日の12時前の配送を依頼したが・・「やってこない」。電話すると朝8時半に行ったけど居ない(寝てた)ので不在票を入れたとの事・・・玄関に降りると、あった、不在票(約束は、どうなったッ!)。次に配送出来るのは金曜日だと言うので、10時〜12時の間を強調して金曜日を待った・・・今日のことである。

 12時少し前に電話が入り、搬入すると言う。揚げた梱包を解き、予定の場所に設置する・・・バッチリだ、OK!。さらにその上にセットする部分を運び、梱包を解くと・・・何やら電気コードがぶらぶらしている。「チョット待って、ソレ何?」「電子レンジのコードですよ」「ハぁ??」・・・・マタマタ注文と違うものを持って来ているのだ。

 注文書を見せて会社に電話、またまた行方を探すことになった。4時間ほど経って・・・「静岡から持ってきます」・・・静岡まで行ったらしい・・・。「急いで持ってくることを優先したものですから」・・・<言い訳>らしいのだが.......。

 購入先の会社は有名な会社で、天神に立派なショールームを構えている。どうやら製作所での情報管理がグチャグチャなのが原因ではないか・・・と推察した。事が起こる度に天神から大川に直接に社員が出向いている。1回目に出向いてオーダーした棚を発見して運び出したのだが、たまたまその上に積まれていたのがヨソ(静岡?)に行く分で、社員は疑いもせずそれ等をワンセットと思い込んだのだろう。そして、何故だか我が家の棚はトラックに積まれて、はるばる静岡へと運ばれて行った.......。

 情報管理、在庫管理の重要性が日常的に語られて久しい。この時代に今回のような事を連続的に起こして、特段「何とかしなくては」とは思わないのだろうか???久しぶりに、狐にツママレタような気持ちになった。
[PR]
by jmc_music2001jp | 2011-09-30 22:05 | 芸術随想
 今日はアクロス福岡シンフォニーホールで開催された九響の定期演奏会に出かけました。ご一緒したのは高校の同級生で、彼も音楽好き(ついでに酒好き)の親友です。

 プログラムはラベルの「マ・メール・ロワ」、モーリス・デュリュフレの「レクイエム」、ショーソンの「交響曲 B dur Op-20」。指揮は秋山和慶さんです。モーリス・デュリュフレの「レクイエム」は、初めて聴いた曲ですが、分りやすいメロディーと、オーケストラの響きの至る所から、彼がオルガン奏者であったことが感じ取れる、美しい曲でした。もっと有名になってもいい曲だと思います。

 プログラム最後のショーソンは名演と言える秀逸な出来。火のような勢いで音楽が疾走、秋山さんの精密なバトン・テクニックに導かれ、オーケストラは一丸となり、会場は音楽の坩堝と化した・・・音楽が龍と化し天空を疾走するような演奏に久々に出会いました。(やっぱり音楽は『生』ですね)

 終演後、楽屋を訪ねました。ショーソンの演奏への感謝を伝えたのは言う迄もありません。そして、次回11月10日の定期演奏会(第313回)で来福の折に、レーベンス・マイの会員達と懇親会を計画することのお約束をいただきました。演奏会2日前の8日(PM7:00-9:00)に、私の大好きな<地ビール・レストラン>で開催することにいたします(Waku waku・・・楽しみです)。
[PR]
by jmc_music2001jp | 2011-09-30 01:49 | 芸術随想

“生”の感動

 今日の夕食はピザとペンネに野菜サラダ。ピザとペンネには、テラスで栽培しているバジルを摘んできて“生”のまま指でちぎってトッピングした。食すると・・・それは・ソレは・素晴らしかった。

 ピザやペンネの味を、フレッシュ・バジルのそこはかとない薫りが優しく包むのである。髪をなびかせ、可憐な女子高生がしなやかに軽やかに鼻先を通り過ぎていくように・・・柔らかい『香気』が辺りに満ちみちていた。あんなに柔らかい薫りなのに、ピザもペンネもその『香気』の中に完全に包み込まれている。

 この『香気』こそは、『生』でなくては決して味わえない風味である。しかも、その感動の大きさはどうだろうか?・・・その違いは余りにも大きい。何でも無いようなこんな事で、これ程感動できるとは・・・何か・・凄いコトだと思った。
[PR]
by jmc_music2001jp | 2011-09-29 01:23 | 芸術随想

音楽の“癒し”

 月曜日の夜は7月以来となる「福岡の文化を考える会」、生徒を教えていたので30分程遅れて出席した。出席者数は近年で一番少なかったけれど、一つだけイイことがあった。

 メンバーにギタリストが居て、その日は彼が“弾き語り”をやるとのこと。彼は福岡ではチョットした有名人で、テレビのキャスターなどを務めていた事もある。ギタリストなんだけれど、近年の活動はシンガー・ソングライターといった内容の活動を主としている。歌が上手いのだ。

 ・・・で、その彼がギターを弾きながら歌ったのだけれど、首から喉、胸のあたりまでが非常にリラックスさせて歌うので、先ず響きが心地よい。そして歌が『優しい』のだ....<これでもか!>っと言うくらい徹底して『優しい』。

 その優しさに包まれながら思った・・・社会の多くの人が、この歌から来る『優しさ』を求めているのだ・・・と。聴いていると、お母さんの胸の中に包まれているような、甘く安らかな気分になる。ずっとソコに浸っていたいような、安らぎと癒しの空間が現れる。

 なるほどねェ、人の世に生きて『本当に安らげる所』なんて無いものなぁ・・・本当に孤独な人の心を、此れ等の優しさはお母さんの腕に抱かれてるように包んでくれるんだ・・・。これを現実逃避と見なすのは、全くの見当違いである。彼らに言わせれば「コレこそが、私(の心)にとって必要不可欠な<現実>なのだ!」と反論するだろう。社会に必要不可欠な<現実>の一つとして、此れ等の「音楽」はあるのだろうと思う。

 先日のBSで見た谷村新二の「ふるさと」が、甘いふわふわのマシュマロのような歌であったのも、世の中が求めているものを、彼が良く知っていたからに違いない。
[PR]
by jmc_music2001jp | 2011-09-28 01:35 | 芸術随想

嬉しい電話

 6月末に事務所に電話が入った。幼稚園の保育士の資格試験で<楽典>がサッパリ分らないので教えて欲しい、と言うもの。試験が8月上旬で実質2ヶ月・・・教えてみる事にした。じつを言うと昔、保育士希望者向けの電子ブックを作ろうかと思った事があった。皆さん苦労している、との噂を耳にしたからだ。少しだけ調査して、その時は取り組むのを止めていた。そんな経緯もあって、教えて見ようと言う気持ちになったのだ。

 お会いすると、「マルデ分らない」と言う事だったので、試験問題等を見せてもらって、どの種の知識がどの程度求められているのか、を調べた。次にその知識を習得させる為のカリキュラムを組み立ててレッスンに入った。毎回、目を丸くして<目から鱗>を連発する。「なるほど!」と腑に落ちて、納得している様子を見ているのは、何だか嬉しいものだった。(保育系の大学の授業が<分る>ような授業をしていないのだな・・・と思ったものだった)

 そんな彼女が、昨日結果が出て「音楽は合格した」との事、嬉しそうに電話をかけてきてくれた。私も本当に嬉しかったけれど、もう一度<保育士>希望者向けの電子出版にとりかかってみようかな・・・と(少し)思っている。

 肝心なのは「何」が「どの程度」の理解を求められているのかが分ることだ。それさえ明確になれば、その目的達成の為のカリキュラムを組み立てるのは難しいことでは無い。「敵」が何なのかが分らなければ、手の打ちようがないのだ。調査する必要がある。
[PR]
by jmc_music2001jp | 2011-09-25 02:40 | jmc支援事業
 昨日テラスに出ると、鉢植えの葉っぱがマバラになった枝に気が付いた。よく見ると蝶の幼虫が3匹、“すっとぼけた様子”で葉っぱを食べている。“すっとぼけた様子”が気に入ったのでそのままにしていた。今日の昼にのぞいてみると、昨日の枝はほぼ丸裸になって、隣の枝に移動していた。

 昨日も今日も、台風一過の秋晴れ。秋風がとても爽やかで心地よい。昨日、私の親しくしていた大先輩が亡くなられたという連絡を受けた。欧州旅行に二度ご夫婦ともにご一緒したり、jmc音楽サロンにもご夫婦でご参加いただいていた。私が推薦人になってロータリー・クラブの会員にもなってくださった。素敵な慶応ボーイで地元の電力会社を退職なさった後は、数社の関連会社の社長を務められた方。知的で音楽好きで、とっても素敵な先輩でした。今夜がお通夜です。親しい人に亡くなられると、こたえますね。秋風が爽やかな分、何だか「人生って何だろう」.....なんて気持ちになったりします。

 蝶の幼虫も無心に葉っぱを食べて.....“さなぎ”になって....春には蝶になって、どこかに飛んでゆくのでしょうか?
<無邪気に葉っぱを食べまくる幼虫>
d0016397_1232878.jpg

[PR]
by jmc_music2001jp | 2011-09-23 12:32 | 芸術随想

“祝い酒”

 この4月に結婚した長男夫婦が、連休の16-18日に我が家にやって来た。17日の野球観戦の後に、お祝いで私の大好きなブランデーをあけるつもりだった。

 すると、当の17日が通っていた大学院の学位授与式の日だったと言う。この2年程、会社の勤務を終えた夜に、大学院に通って勉強していたらしい。専門分野ではすでに大学院卒なので、異なる分野での学位を得たことになる。これで“二重の喜び”となり、ついに永年保管され続けたブランデー《アララット》の口をあけるチャンスが訪れた。

 このブランデーは、私が最も愛する酒。旧ソ連アルメニア産のブランデーで、トルコとの国境にそびえるアララット山の名前をいただくブランデーだ。何でも、ブドウ酒そのものの歴史もこの地方から始まっているそうで、歴史の重みをしょっているのだ。かの英国のチャーチルがヤルタ会談の折にアララットを知って、その後一生愛飲したと聞いている。

 とにかく薫りが素晴らしく、フランスのコニャックなぞ足下にも及ばない。私はかねてからモスクワ経由で日欧間を飛んだ時は、必ずモスクワの免税店で多量に購入していた。今回のアララットはサンクトペテルブルグに行った時に手にいれたものだった。その時、「小さな瓶で何でこんなに高いのだろう?」と思いつつも購入したのだけれど、その後アララットには10段階くらいの等級があって、このアララットは上から2番目にランク付けされているものだった。この酒は息子の何かのお祝いに口開けしようと思い、保管していた。17日の夜、全員に所長室に集まってもらって、このブランデーを十二分に楽しんだ・・・申し分無い“薫り”!

 さて、翌18日には長女の主人がやってきた。国立大学病院に勤務しているのだが、この9月1日付けで准教授に就任したと話してくれた。驚くとともに非常に嬉しかった。この時は皆で日本酒を楽しんだ。嬉しい時の酒は格別だ。

 こども達が成長の足跡を示してくれている。自分もさらに飛躍しなくては・・・そんな気分になってくる。
<アルメニア・ブランデー“アララット”>
d0016397_2265121.jpg

[PR]
by jmc_music2001jp | 2011-09-22 02:27 | 芸術随想

ホークス野球観戦

 9月16-18日、連休の3日間に東京から長男夫婦が来福、4月の東京大神宮での結婚式以来の再会だ。17日は息子の立案でホークス戦を観戦。ヤフー・ドーム球場に一族5名で出かけることになった。

 対戦相手は現在2位の北海道日本ハム・ファイターズ。相手ピッチャーは(何と!)ダルビッシュ、我がホークスは山田、地味な印象ながら今シーズンはこれまで立派な成績を残している。

 投手戦とも言える展開。山田も再三満塁やニ三塁の事態に追い込まれるものの、最期を踏ん張って無得点に押さえると、一方ダルビッシュは豪速球や鋭く切れる変化球でホークスの主軸をことごとく押さえ込むと言った具合。ズシンと息の詰まるような迫力の投手戦でした。

 日ハムが1点先攻し、9回にダルビッシュが降板すると、変わったピッチャーから内川がタイムリーを打って同点。延長ではチャンスに追加点がとれず、3時間半をこえてついに同点引き分けで終わりました。9回も10回も大きなチャンスで盛り上がったのですが、僅か1本のヒットが出ない・・・双方ギリギリのせめぎ合いの中でゲームが進んでいるのが感じられ、気迫溢れる攻防戦を堪能いたしました。

 『気迫』と言えば《外野席》です。かつて内野で観戦していたフォークス戦ですが、ある時知人がくれた外野席のチケットで観戦した時、「これは面白い!野球は外野に限る!」と思いました。内野席では各自がそれぞれ(冷静に)野球観戦しているのですが、外野では外野席全体が一丸となって応援するのです。

 1〜2名の応援団長が脚立に立って皆を指導します。実に歯切れの良い口調で口上を述べると、笛と手拍子で観客を誘導します。口上はナニを言っているのか理解できないことが多いのですが、まるで魚河岸の競りを聞いているようで、機関銃のようなリズムが気分を沸き立たせてくれます。

 応援のメロディーや仕草は選手毎に決まっていて、主軸のバッターには「ホームラン!ホームラン!☆☆ー」とやるのですが、下位のバッターには状況によって「絶対送れー★★ー」っと、声をそろえて<バント>の応援となります。又、「ヒットー!ヒットー!★★ー」となったりで、期待の度合いがソノまま<声援>に反映されて(少々苦笑しながらも)面白いと思いました。

 チャンスにおける応援も決まっているのですが、当日の9回・10回はチャンスが延々と続き、それはモウ大変でした。あれほど本気になって声を上げる、それも(右翼の外野席だけで)何百人と言う人数ですから、そのエネルギーたるや凄まじいものです。それが粘って粘った挙げ句が三振スリーアウトだったりすると、萎み終わる直前の風船のような“ため息”と共に席に座る観客の面々、そのギャップの大きさも何だか面白いような可愛いような気持ちにさせられました。このような真っすぐでパワーに溢れた『気』の中に身を置くのは本当に心地良くて、心嬉しい気持ちになってきます。ですから皆さん、野球は絶対に外野席をオススメします。
<ホークス・日ハム戦。ヤフー・ドーム球場。手前一列4名は我が一族が応援>
d0016397_1251257.jpg

[PR]
by jmc_music2001jp | 2011-09-19 12:05 | 芸術随想
 火曜日、jmc音楽研究所でピアノ・トリオの練習が始まりました。曲目はモーツアルト、ラフマニノフ、ブラームスの3曲。詳しくは、本番が近づいてからの案内に廻しましょう。

 夕方4時から始まった練習が、終了したのは夜の9時30分。音楽に立ち向かう真摯な態度には、少なからず心を打たれました。こにような「心」を大切に、支援してゆかなくてはならない・・・と、心の中でつぶやきました。

 10月、11月と練習して、本番は11月6日(日)です。コンサートと共に第97回jmc音楽サロンの開催も計画しています。
<jmc音楽研究所小ホールで>
d0016397_11554521.jpg

[PR]
by jmc_music2001jp | 2011-09-14 11:55 | 芸術随想
 先ほどリビングをのぞいたら、谷村新司が“ふるさと”を歌っていた。勿論BSのことだが、どこやらのブルー・ノートらしい。なんともホノ甘いふわふわのマシュマロのような“ふるさと”だった。1番を歌い、2番、再び1番を歌って・・終わり。3番の歌詞だと“ふわふわのマシュマロ”の仕上がりが悪いと判断したのだろうか?谷村新司だったら、かまわずやってのけたかも知れないが、1番を繰り返したほうがマシュマロの“ふわふわ”感が美味しく仕上がる、と判断したに違いない。

 平成の日本の(一般的な)精神文化には、内に優しく、灰汁抜きされた、何ともほの甘い味覚を感じる。「内に優しい」は古来からの日本の特徴だと思うが、明治・大正・昭和にはもっとエネルギッシュで灰汁の強い人間が生きていたように思う。もっと骨があったし、骨太で気骨ある人間が多く見られたと思う。今はまるで<骨抜き>、「草食男子」などその典型なのではないか?

 鉢呂吉雄経済産業相が、10日辞任した。記者会見では、辞任のきっかけとなった言動についての、具体的な説明を求める声が多く、中には「説明しろって言ってんだよ!」と声を荒らげて詰問する記者まで現れたそうな。なんと言う未成熟・未発達で脆弱な精神であろう。このような「もやし」のような精神の持ち主でも、いっぱしの<正義の味方>を気取って、記者として仕事ができるのが今の日本なのだ。

 そのようなマスコミの有り様に苦言を呈することもなく、<羊>のように流されるままの国民。日本の首相の任期が短すぎる・・・と、世界の日本(の政治)に対する評価(信用度)が低いと聞くが、歴代の大臣が辞める原因となった<失言>とやらも、「そんなコト言ったら可愛そう」「人の心を想いやれないヒドイ人」・・・と言った類いの非難となって、野党やマスコミが責め立てるのが原因となっている。それで「有効」なのが、この国の政治の不可思議な部分ではなかろうか。もっとやる事があるだろうに・・外国人はどのように見ているのだろう。
[PR]
by jmc_music2001jp | 2011-09-13 00:49 | 芸術随想