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by jmc_music2001jp

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『心』に響く

 《jmc欧州音楽の旅2012》は、毎日のそれぞれのステージが味わい深い体験であり、全ての面で満足ゆくものだったと思っていますが、「何が一番心に残ったか?」と聞かれれば、皆が<ヨーデル>と答えるのではないでしょうか。

 これまでの旅でも、その国の大地に根ざして生まれ出た文化芸能に触れる機会を意識的に作ってまいりました。ウィーンのホイリゲの音楽やザルツブルグの民族舞踊、ロシアの民族舞踊と音楽、スペインのフラメンコ、トルコの軍楽隊やベリー・ダンス、ハンガリーのジプシーの音楽等々に触れてまいりましたが、<血>を感じさせ<土の薫り>のする本物ばかりではなく、観光客向けにショー化された<偽物>にも幾つか出会いました(偽物に付き合うのは《人生の無駄》でしかありません)。

 今回、旅行社に申し入れたのは、<偽物ならいらない>と言う事でした。旅行社が大変努力をしてくれて、スイスの観光局に掛け合ってくれ、「通常ならば絶対にあり得ない」企画となって実現したのが、今回の<ヨーデル>です。

 インターラーケンには観光客向けに<ヨーデル>が聞けるレストランが幾つかあったそうですが、今回はトゥーン湖畔からケーブルカーで10分程上がった、風光明媚な山の上のレストラン「ハーダークルム」を貸し切っての<ヨーデル>として実現いたしました。ケーブルカーまでも特別にチャーターして、このレストランとしても始まって以来の特別企画となりました。

 レストランやケーブルカーを、我々の為だけに特別営業してくれたことだけでも、トンデモナイ事のように感じますが、そんな事よりも<遥かに偉大>であったのが、アルプスの大自然に包まれた<ヨーデル>そのものだったのです。

 眼前にアルプスの山々が連なり、眼下には右と左に二つの湖が広がる大自然・・・本当に『大自然に包まれる』とは、この事を言うのか・・・と思わせる景観でした。そこに<ヨーデル>が響き渡ります・・・その響きは、眼前に広がる景観と完全に共鳴しあって、『一つ』に感じられました。『心』が満たされ、不覚にも涙が溢れそうになりました。

 人間の感性に最も大きく影響を与えるのは『気候風土』です。人は生まれ育ち生活するその土地の気候風土と向き合いながら、自らの「感性」を築き上げてゆきます。そして、その「感性」を「自分」だと自覚するのです。

 この大自然に包まれながら生活すれば、その感性は<ヨーデル>となって形成される以外には無いのでしょう。この大自然が「我が故郷」であれば、「我が想い」が<ヨーデル>と言う形を通して自覚されるのは、極々自然な成り行きと言えるでしょう。あの大自然に包まれて、あの<ヨーデル>の響きに包まれると、『心』が育まれ「自覚」へと形成されてゆく奥深い経緯が、底の底から感じられて感動いたしました。
<斜面から中空に張り出したステージの上で、背後にはアイガー・メンヒ・ユングフラウ>
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by jmc_music2001jp | 2012-06-29 17:47 | 音楽企画制作
 5月31日はこの旅行の重要なテーマの一つであったチューリッヒ歌劇場、ネルロ・サンティ指揮によるベルディの「仮面舞踏会」の鑑賞です。宿泊ホテルからはチューリッヒ湖畔の道を歩いて5分程、お天気は幸いなことに寒さを感じることも無く、コート無しで劇場まで歩いて行きました。高地のお天気は変わりやすく、終演時には小雨の予報も出ていて、一部の人は傘を持って出かけました。

 劇場はこじんまりとした、昔ながらの美しい内装です。我々は最前列と2列目の中央に席を確保、指揮者の息づかいが感じ取れる場所なので、期待も一層膨らみます。演奏が始まると予想通り、指揮者の指揮振り、小声で歌う様子、思わず口を突く<歌詞>、カウントする声、額の汗・・・等々、普段では決して知る事の出来ない細部が、全て伝わって来て、貴重な体験でした。

 演出は昨今の世界の歌劇場の例にもれず、新しい演出法の試みではありましたが、チューリッヒが他の劇場と決定的に違うのは、『オペラのテーマ』を掘り下げ、そのテーマにそった照明・衣装・演出法に忠実である事です。一舞台にかける予算は抑えていても、「表現すべきテーマ」に矛盾する演出になることを最も恐れている。その計算の慎重さを伺い知ることができます。そこに、劇場としての『匠の技』のようなものを感じました。
<ネルロ・サンティ、終演後のカーテン・コール。割れんばかりの拍手とブラヴォーに応えて>
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 終演後、オペラ座の階段で記念撮影をいたしました。これも今や恒例になっていて、良い想い出の一つとなっています。その後はオペラ座の隣のレストランで軽く食事をしながら、終演後の寛いだ時間を過ごしました。スイスの白のワインは、どこで飲んでも美味しかった。それぞれがこの旅を振り返りながら、ワインとオードブルで満ち足りた時を過ごしました。
<オペラ座の階段で(一部の人が先に帰っていて、残念でしたが・・)記念撮影>
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 6月1日はチューリッヒからフランクフルトへ移動、日本へのルフトハンザ機が機体変更になって、出発も名古屋到着も遅れ、福岡への乗り継ぎのANAは、次の便に変更になりました。福岡に到着したのは2日12時半頃、無事に帰国できたことを喜び、空港で解散式を行いました。7月上旬には、反省会で皆さんと再会することになっています。
<福岡空港で記念撮影>
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by jmc_music2001jp | 2012-06-17 21:53

トゥーン湖クルーズ

 30日ユングフラウヨッホのスフィンクス展望台からアルプスの絶景を眺め、再び宿泊地のグリンデルワルドまで登山電車で下ってまいりました。そこからは今日の宿泊地トゥーンまで専用車でまいります。夕刻、5時前にホテルに到着すると、湖畔の散策にでかけました。

 トゥーン湖はブラームスが53歳の夏から55歳の秋まで、三度に渡って夏を過ごし、創作に専念した街です。1年目の夏には、<チェロ・ソナタ第2番><ヴァイオリン・ソナタ第2番><ピアノ三重奏曲第3番>を作曲、2年目には<ヴァイオリンとチェロの為の二重協奏曲>が、3年目には<ヴァイオリン・ソナタ第3番>が作曲されています。
<トゥーン湖畔の散策。クルーズが始まって間もなく、左側に「ブラームスの散歩道」>
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 31日は早朝よりトゥーン湖のクルーズです。湖の反対側のシュピーツまで、約40分のクルーズ。眩しい太陽に目をしかめながらも、優しい風に吹かれ、アルプスの遠景に観とれながらのクルーズ、心満たされる時間でした。
<今回参加した男性3名、いずれも『猪』生まれの同い年・・・大切な親友です。シュピーツ港の丘の上から>
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 シュピーツからは専用車でベルンへ、バラ公園の芝生で恒例のピクニックランチです。バラの満開には少し早かったようですが、ベルン市を見晴らす丘の公園、爽やかな風・・・気持ちの良い「草上の昼食」をいただきました。
スズメ達が寄って来て、我々が食べている円の真ん中に降りてきます。パン屑を投げると素早くついばみ、口一杯にしてほおばっている様が、何ともユーモラスでした。日本で見る雀よりスマートで、さほど人間を恐れない様子でした。
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by jmc_music2001jp | 2012-06-16 23:02 | 音楽企画制作

アイガーの夜明け

 今回の旅で最初から期待していた事があった。グリンデルワルドの宿泊はアイガーに面した部屋であることは分っていて、そこでアイガーの夜明け前から夜明けまでの変化をカメラに納めようと思っていたのだ。そう思っていると、目覚ましをかけるまでもなく、自然と目が覚める。未だ暗くて山の稜線がやっと分るくらいの時間から、山頂に朝日がさすまで、時間を置いて撮影した。デジカメとハイビジョン・カメラで撮ってある。編集が楽しみだ。
<鳥のさえずりと共に、徐々に明けゆくアイガー>
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 この日は登山電車でユングフラウヨッホに向かいました。クライネシャイデックで乗り換えると、間もなく電車はトンネルの中、アルプスの山腹を貫いて登ります。終点のユングフラウヨッホは3454m、今年は開通100周年の記念の年です。そこからエレベーターで一気にスフィンクス展望台(3571m)まで登りました。とても文章では表現できそうもない絶景の大パノラマ、余り素晴らしくて言葉を探す前にその風景に圧倒されて、全ての想いを飲み込んでしまいます。(「ブログとして書いているのだから、何か書けヨ、お前・・」とも思うのですが・・・想いだしても圧倒されて、何かを言うのが恥ずかしいような気持ちになります)
<スフィンクス展望台で、後方はメンヒ。外(氷点下2〜3度)に出て雪を踏みしめながら360度を撮影>
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 この日は奇跡的に天気が良くて、風もさほどは強く無くて、寒さを感じることも無く良かってのですが、強い日差しと照り返しで真っ黒(真っ赤?)に日焼けしてしまいました。ふもとのクライネシャイデックに降りて、昼食と休憩。登る前に撮影した集合写真も出来ていて、良い記念になりました。
<集合写真、後方左がメンヒ、右がユングフラウ。中央の平な部分がユングフラウヨッホ>
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by jmc_music2001jp | 2012-06-15 13:50 | 音楽企画制作
 夕方、専用車でトゥーン湖畔まで下りました。今日の夕食はハーダークルムと言う見晴らしの良いレストランで、アルペン・ホルンとヨーデルを聴きながらいただくことになっています。ハーダークルムはトゥーン湖畔からケーブルカーで約10分程上がった山の上に在るレストラン、見晴らしの良いことで地元でも有名なレストランです。実は営業は夕方で終了して、ケーブルカーも止まるのですが、今日は特別にレストランを貸し切りにして、ケーブルカーまでもチャーターしての夕食、そこで地元で有名なヨーデルのグループに来ていただいて鑑賞しつつの夕食会です。

 ケーブルカーの最終便の客が下車して、10分ほど待たされてました。今晩歌ってくれるメンバーも一緒です。お互いに分っていても、何となく少し気まずいような様子で、それぞれがグループになって待っているような状態でした。そして、いよいよチャーター便が動き始めました。

 流れる車窓の木立の間からトゥーンの湖や村の家々が小さくなってゆき、やがてアルプスの山々が姿を表すと、車内から歓声が上がりました。山頂の終点駅に着くと、遥かに望むアルプスの峰々、眼下に横たわる二つの湖の景色に足を止めつつ見とれながら、山道を奥へと歩いてゆきました。前方の木立の上にレストランの細い尖塔が見えて、レストランが姿を現すと、アルペン・ホルンが我々を出迎えて演奏を始めました。
<出発前のケーブルカー。アルペン・ホルンの出迎えの演奏>
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 出迎えのアルペン・ホルンの演奏が終わると、前方に山の斜面から中空に突き出したステージがあり、その上にヨーデルのグループが並んでいるのを発見、その舞台上へと移動いたしました。我々が到着するとアルプスの山々を背景にヨーデルが始まりました。眼前一杯に広がるアルプス、アイガー・メンヒ・ユングフラウ、そして眼下には左にブリエンツ湖、右にトゥーン湖....ヨーデルが、今我々が受け止めているこの風景と一体となって響き渡ります。ヨーデルは、その風景そのものであり、自然そのものでした・・・深い、深い、共鳴と共感と感動とに包まれました。
<中空に張り出した舞台上のヨーデル、アルプスの峰々とトゥーン湖>
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 室内に移動して夕食が始まり、沢山のヨーデルを歌ってくれました。メンバーは食事を忘れて聴き入りました。我々が真剣に聴き入っていることを十分に理解してくれたようです。CDなども買い求め、団員の方々も喜んでくれた様子でした。帰りにはレストランの横に並んで見送りのヨーデルを数曲歌ってくれました。気持ちの上でも、互いにすっかり打ち解けた様子です。
<室内で沢山のヨーデルを歌ってくれた。外で、見送りのヨーデル>
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 貸し切りで特別営業をしていただいたので、帰りのケーブルカーは店の従業員が到着するまでの時間を薄暗い中で待つことになりました。するとケーブルカーの中に居た団員達が再びヨーデルを歌い始めました・・・皆は大喜びです。ほどなく従業員も到着して、動き出したケーブルカーでもヨーデルです。すると我々のメンバーの一人が「私たちも歌って応えましょうヨ」と発言、日本の歌「故郷」「花」「もみじ」などを歌って、図らずもヨーデルと日本の歌の交歓会がケーブルカーの中で始まったのです。横に居たアルペン・ホルン奏者が「奇麗な声だ」とつぶやきました。本当に奇麗な歌声で歌ってくれて、彼女達の歌の先生でもある私も嬉しく感じました。次第に大きくなってくるインターラーケンの街の灯、薄暗い車内での歌の交歓・・・ハーダークルム・・・満たされた一日となりました。
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by jmc_music2001jp | 2012-06-13 23:08 | 音楽企画制作

アイガー北壁

 29日は『最後の晩餐』を観てミラノ中央駅にまいりました。イタリアともお別れ、11時25分の特急でスイスのグリンデルワルドに向いました。

 列車はトゥーン湖畔に沿って走り、15時9分にグリンデルワルド駅に到着。ホテルは駅から徒歩3〜4分です。大きなトランク等は早朝のミラノのホテルから車をチャーターし、別便で送っていますから、小さな手荷物だけを下げて、強い太陽の日差しを受けながら歩きました。
<ロマンティック ホテル シュバイツァーホフ グリンデルワルド>
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部屋はアイガー北壁に面し、頭上にはアイガーの頂上が迫ります。
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by jmc_music2001jp | 2012-06-12 23:40 | 音楽企画制作

ミラノの2日間

 27,28日はミラノに滞在しました。朝トリノを発って、2時間ほどでミラノに到着、スフォルツェスコ城と博物館。レオナルド・ダ・ヴィンチ博物館を訪れました。

 いよいよ天才の国の始まりです。初日は何と言ってもミケランジェロの最後の(未完の)作品である『ピエタ』でした。30年前に一度出会っているのですが、全く同じ感慨を覚えました。マリアに抱かれて天に昇るキリスト、昇天しようとする浮遊感は、もうコレで完成なのではないでしょうか。
<ミケランジェロ最後の作品>
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2日目は、ドゥオモ・スカラ座博物館を見学、昔のオペラのポスターに<指揮:トスカニーニ>を発見したり、ベルディが弾いていたピアノからは痺れるほどの『気』を感じ、言い知れぬ感動を覚えました。
<スカラ座のロビー2階のトスカニーニ像、向いにはプッチーニの胸像があります>
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その後は、ミラノ中心街のアーケードで自由行動、てんでにショッピングを楽しみました。私はこの時間を利用して、天才建築家ブラマンテが建築に携わった、サンタ・マリア・ブレッソ・サン・サティロ教会に向いました。

 彼の処女作であり、実力を認められるきっかけとなったこの教会、室内を遠近法を利用した目の錯覚で非常に奥行きのある建築物に見せたり、左右についても同じ模様の間隔を遠くになるほどに狭くしてゆくなど、《視覚の魔術師》だと感じました。外に出て裏手に廻ると、建物の部分部分がまるで真夏の入道雲のようなエネルギーに溢れ、互いに主張しあい、不思議な力感で満たされています。凄い人だなあとつくづく感じ入りました。

 彼はレオナルド・ダ・ヴィンチと共にサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会の建築をまかされ、その外観も同じような力感に溢れています。その力感は、例えば模様の間隔が均一なのではなく、微妙にズレを生むように作られていて、そのズレの不安定感が独特の力感を生む原因なのではないか・・・と思われました。とにかく凄い人です。後に彼はバチカンのサン・ピエトロ寺院の建築にも携わっています。
<寺院の裏手>
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「最後の晩餐」は15分間の短い時間制約の中での出会いでしたが、3人づつで作られる4組の三角形が、この瞬間のこの場の緊張を、今日の我々にも伝えてくれました。ジッと見ていると、驚愕と緊張とで張りつめた空気感、息を飲む瞬間の緊張感、十二使徒が一瞬間動いたようにさえ感じられました。
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by jmc_music2001jp | 2012-06-12 02:21 | 音楽企画制作
 バローロ村の古城跡、ワイン博物館のテラスで、強い日差しと爽やかな風に吹かれながら暫くの時を過ごしました。バス乗り場に着くと、先程元気一杯で案内してくれたお嬢さんが自家用車で家に帰るところで、「ヨカッタよ!」と声を掛けると、嬉しそうに手を振りました。今日のガイドの役目は彼女にとって非常に満足のゆくものであった・・そんな元気が身体に漲っている様子でした。静かな環境といい、素朴な人柄といい、自然な田舎の魅力に満ちたバローロ村でした。

 それから専用車で暫く走り、今日の夕食をいただくブラへと向かいました。レストランが多くバローロよりもう少し町の感じです。この街はスローフード発祥の地、「ボッコンデヴィーノ」はスローフードの理念を提唱して始められた最初のレストラン。街中には同じ理念を掲げて経営するレストランが幾つも在って、その店先には「赤いカタツムリ」の看板が掲げられています。
<蔦の絡む、静かで落ち着いた店の佇まい/ボッコンデヴィーノ>
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 料理の最初に馬肉のカルパッチョ・野菜のパイ包み(トマトソースかけ)・パスタ・子牛のシチュー・デザートそれに勿論ピエモンテの赤ワイン。個々の料理を文章で評価するような才覚はありませんからヤメておきますが、全体を通して『自然』という言葉が一番ピッタリの印象でした、洒落っ気や故意の演出や・・・そんな化粧のようなものが全く感じられません。自然のままで、静かで、それでいて“たおやか”な美しさを感じる・・・そんな料理でした。
<当日のメニュー、シチューは少し食べてしまっているが・・・>
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by jmc_music2001jp | 2012-06-09 01:53 | 音楽企画制作
 トリノの午後は、世界遺産のサヴォイヤ家王宮の見学。ベルサイユ宮殿やシェーンブルン宮殿を知る人にとっては、宮殿(“)("')と言った大人しい印象。前記の宮殿がヨーロッパのお手本となったのだなァ・・・っと思わせる内容でした。

 その後は、専用車で一路ピエモンテ州バローロ村へ。村に入ると眼下に折り重なる丘は、全て若い緑のブドウ畑です。美しい緑の丘陵を見ながら、試飲会場のあるバローロ村の中心部へ、つづら折りの坂道をバスで降りてゆきました。村の中心部に到着すると、古城の隣にある大きな試飲場に案内されました。
<若い緑の丘が連なる。ピエモンテ州バローロ村>
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 ブドウ畑のパノラマを見ながら、バローロの説明を聞くと、次は試飲です。3種類のバローロを試飲いたしましたが、私はタンニンの強い種類に好感を持って、1本購入いたしました。友人の退職祝いのおみやげです。

 この後は、スローフード発祥のレストラン『ボッコンデヴィーノ』に移動するのですが、予約の時間に余裕があったようで、旅行社がバローロのワイン博物館の見学を旅程に入れてくれました。素敵な古城を改装した博物館で、1階で荷物を預かってくれて、エレベーターで最上階まで上がり、見学しながら降りてくる・・・と言う趣向でした。

 中に入って《ア〜ら、ビックリ!》、天才の国(だと思っていた)イタリアに「こんな所もあるのだネ!」と、口もアングリです。例えば、ワイン醸造の歴史なんかを紹介しているのですが・・・何と言うか・・・・文字とパネルで順番に解説していて・・「ソ・ノ・マ・ン・マ」・・・なのです。見ている人に、《何かを感じさせる》ものは何にも無く・・「ソノマンマ」。いやァ〜驚きましたネェー!しかも、我ながらクヤシカッタのは、展示の窓ガラスに幕が降りていて、ペダルを踏まないと幕が開かない、そして上から下がっている<紐>を引かないと、仕掛けが動かない・・・のです!幕が降りていると・・・ペダルを踏みますよねェ〜!・・・そして、紐を引くと・・<ショーモナイ>のです。それが、幾つもある・・・その度にペダルを踏んでしまう自分が、情けなかった........。(今回の旅に、コンナのが一つだけ、ありました)
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by jmc_music2001jp | 2012-06-08 07:30 | 音楽企画制作
 12時間20分ほどのフライトでフランクフルトに到着すると、同じルフトハンザに乗り換え、白く雪を頂いたアルプスを眼下に、トリノへと向いました。<アルプスを眼下に、トリノへ>
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 トリノはイタリア国家統一時の首都、碁盤の目に規則正しく区切られた通りと、屋根瓦の色や建物の高さが統一されて、落ち着いた古都といった印象です。道幅と建物の高さが同じなのも、街の印象を一層落ち着いたものにしているように感じました。

 街中で異色を放つ建物は<トリノ国立映画博物館>。最初はユダヤのシナゴークを作る計画だったそうですが、建築費が嵩んで手がでなくなり、結局は国が引き受けて映画博物館にしたとの事、館内は映画となる前の色々の発明品の本物があり、実際に動かして観ることができて興味津々、当時の人々の<ワクワク感>がそのまま伝わってまいります。フェリーニ監督の書斎の再現や台本などもみれて興味深い場所でした。映画と言う虚構と夢の世界がゴチャゴチャと詰め込まれた、まるで「おもちゃ箱」に入ったような印象、「面白い!」の一言です。
<トリノ国立映画博物館の外観と展望フロアからの市街>
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 カテドラルを見学した後は、「ムラッサーノ」で発祥のイタリアン・サンドを昼食にいただきました。小さな店ですが内装は非常に美しい、その昔ベルディやプッチーニも足繁く通った店です。フッと、これもトリノ発祥のマティーニのことを思い出し、昼間からドライ・マティーニを注文すると・・・コレがまた非常に美味。突き出しに出て来たオリーブの実と非常に相性が良い。日本で飲むマティーニとは随分印象が違い、こちらの方はよりソフトな口当たりで、量はずっと多い。マティーニにオリーブの実が付いてくる意味を初めて納得したような次第です。

 その次に、ビチェリンを発祥のお店「アル・ビチェリン」でいただく。女主人がビチェリンをテーブルに置くと「コレ(スプーン)があるけれど、混ぜずにそのまま飲むのだ」と言って、スプーンを伏せて奥に引っ込んでいった。上層に生クリーム、次に暖かい珈琲、そしてカカオ(ドリンク・チョコレート)・・・珈琲からカカオに順に味が変わって、おしまいには濃厚なカカオが舌に残る、そんな飲み物でした。味覚の変化を楽しむもののようです。
<ムラッサーノの室内、中庭でビチェリンをいただく>
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by jmc_music2001jp | 2012-06-06 22:46 | 音楽企画制作