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by jmc_music2001jp

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 本日、jmc音楽研究所はFC2ショッピングカートに<フィールヴェーク書店>を出店いたしました。刊行中の電子書籍を販売しています。

 jmc音楽研究所は2007年に「楽典」の電子書籍を刊行して以来、電子書籍を次代のメイン事業の一つと位置付けて、開発に取り組んでまいりました。予測した通り、2010年にアップルがiPadを発表して、世界的な電子書籍ブームに火がつきました。

 2011年には、日本でも「乗り遅れてはいけない。何かしなくては・・・」と企業の模索が始まりました。当面は従来の紙ベースの書籍を電子化したり、漫画を電子化したりがスタート時点での状況でした。その動きが昨年(2012年)には各社本格化、アマゾンがキンドル日本版を発表したのも昨年です。

 一方、技術の進歩により<動画>の配信が容易に行えるようになった事で、動画による配信を小分けにしてセミナーなどをネット販売する動きが始まったのが、つい今年(2013年)に入ったばかりからの動きです。いわゆる<e-ラーンニング>をこのような方法で加速させようとしています。

 しかしjmc音楽研究所は、すでに2009年9月にはマルチメディア技術を駆使した最先端の電子書籍VierWeg(フィールヴェーク)「指揮法入門」の刊行を完了して、その後の世の中の動向を観察しているような立場にありました。

 フィール・ヴェークとは『四つの道』、<文字><静止画像><音声><動画>の四つの角度から『真理』を照らし出すことを意味しています 人類が永年慣れ親しんで来た「書物」は、<音楽>の分野においては『音が出ない』と言う決定的な欠陥がありました。その後に現れる「テープ」「ビデオ」「CD」さらには「DVD」においても、『言語による説明』『音による確認』『動画による理解』のいずれかの点において《物事をジックリ味わい、理解する》うえでの不十分な要素をそれぞれが含んでいました。

 《演奏》と言う、<複雑な身体内部のコントロール>の結果を《音楽》に結びつける作業において、<音楽学習者>の十分な理解を助けるには、前記の媒体は、不満足な結果しか与えてはくれませんでした。

 <複雑な身体内部のコントロール>への理解を助ける為に、<VierWeg>は『言語による説明』を咀嚼し、『音による確認』『動画による理解』を繰り返し再現しながら、それ等を総合して《本質》の理解への道筋を辿ることが可能となります。

 しかも全国の津々浦々、山奥であっても、離島に住んでいようが、一流の音楽家の技術や知識を得る機会がここに生まれたのです。これは音楽の為にも人の為にも役に立てるものだと思っています。此れ等の想いが、開発の苦難に立ち向かうエネルギーを与えてくれました。今後。世の中の役に立つ電子書籍の更なる開発に努めたいと思います。
 
<フィールヴェーク書店>のURLは下記の通りです。(トップページの色が場末のバーの看板みたいな色になっていますが、これは追々改善することにいたします)是非、訪問してやってください。
http://jmc2001jp.cart.fc2.com/
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by jmc_music2001jp | 2013-01-31 19:40 | 音楽企画制作
 昨年11月のN響定期をBSで観た。エド・デ・ワールトの指揮、堀正文さんのヴァイオリン独奏で、武満徹のニ作品を前半に、後半は一転してワーグナーの楽劇「ワルキューレ」と言うプログラム構成でした。

 観ていて考えさせられたのは“表現形式”。“表現スタイル”と言うのでしょうか・・・演者は“心にある想い”を芸術と言う手段を用いて表出しようとするのですが、そこには自ずから“表現”の為の“スタイル”や“方式”が立ち現れてまいります。その事について、考えさせられました。

 日本の芸術にも、ヨーロッパの芸術にも“表現のスタイル”は当然ございます。一番分りやすい例をひくならば、イタリア・オペラのアリアやカンツォーネの表現スタイルと、日本の能のシテ方の所作とを較べてみれば、全く異なるスタイルが存在することは明白です。

 武満の「遠い呼び声の彼方に」が演奏されたのですが、この作品には明らかに能の表現スタイルから立ち現れる精神性を感じ取ることができました。ここでシテ方の醸す精神性と鼓が生み出す緊張感はオーケストラ・パートにゆだねられていました。独奏ヴァイオリンは、あたかも謡曲を謡うように、物語の進行を語ってゆきます。

 我々は西洋音楽に取り組みながら、「想い」を「表出」する西洋のスタイルで演奏を続けてきた訳です。しかし日本の精神性は、元来「強い想い」ほど「強く内側に押さえ込む」と言うスタイルで(あえて言うなら)表出されて来ました。その「強い想い」を西洋スタイルで「表」に表出してしまったので、オーケストラの音は大きくなり、語り手であるヴァイオリンの音をかき消してしまう、と言う結果をまねいていました。

 武満の意図からすれば、フォルテになっても音量は変えず、精神性の内側だけに大きく膨らませて・・・その結果生まれる<音質の変化>に答えを求めるべきであったのでしょう。西洋人であるエド・デ・ワールトに要求するのは無理でしょうが、一度楽譜を読んでみたいものだと思いました。

 一方ワーグナーは、指揮者もオーケストラも自家薬籠中とした表現能力でワーグナーの世界を表出していました。しかし表現スタイルと言う点で、昔から気になっていたことが、この演奏にも感じられたのです。

 3人の独唱者が歌いましたが、そもそも楽劇と名付けたワーグナーの意図について、理解が不十分なのではないか・・・と思うのです。ワーグナーは私も楽譜を読んだことがあるので、私自身としては確信しているものがあるのですが、歌手にとっての“表現スタイル”に、ほとんどの例において間違いがあるのでは無いか?・・・と思っています。

 通常、オペラ歌手はアリアを(当然のごとく)「歌」として歌い上げます。同じ<音符>を使用してはいますが、ワーグナーの楽劇では「歌」として歌うのは誤ったアプローチであろうと思います。あれは『台詞』であって、歌ってはならない物・・・『語る』ひつようがあるのです。それを「楽譜」=「歌」と言う何とは無しの思い込みのままで取り組んでしまうので、なんとも中途半端で分りにくい結果を招いている例が非常に多いと思います。

 では何故<音符>が使われているのか・・・ここはソノ音符間の「音程」に注目することが重要だと思います。2音間の音程が、<半音>である場合と<3度>である場合とで、「想い」にいかなる違いが発生するのか・・・その「想い」こそが、この『台詞』が内包する『想い』であり、その『想いを語る』のが歌い手に与えられた役割でありましょう。『音楽』は全て、オーケストラが担当しています。これがワーグナーが新たに創作した“表現スタイル”=『楽劇』というものではないでしょうか。
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by jmc_music2001jp | 2013-01-29 02:32 | 芸術随想
 この一週間ほどはVierWeg楽典<入門>の改訂2版の制作にとりかかっていました。<ナンバ>のβ版が出来、金昌国さんの<フルート教本>の校正がまだ帰って来ていないので、その時間を使っての改訂作業です。

 改訂の主な目的は「操作性の向上」。滑らかにスイスイと操作できるように調整をいたしました。重いページの切り替え時間を短くして、ストレスなく操作できるように改めたわけですが、終わってテストすると、サクサク・スイスイと動いてくれるので、何だか胸のつっかえが取れたような気分・・・結構、こんな事が重要な要素でもあります。

詳しい情報は、インターネット検索<jmc音楽研究所>→<音楽市場>→<VierWeg書店>とお進み下さい。又は、直接下記URLまで
http://www.geocities.jp/jmc_music2001jp/VierWeg.html

<VierWeg楽典「入門」改訂2版>
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by jmc_music2001jp | 2013-01-26 01:39 | 音楽企画制作

第101回jmc音楽サロン

 20日(日)は“第101回jmc音楽サロン”を開催、親しい友人がjmc音楽研究所に集まり、美味しい日本酒と新進ピアニストの演奏で新春を祝いました。

 日本酒は十種類ほどを揃え、今回は特に“燗酒”に焦点をあてて企画いたしました。従来は“冷や酒”を揃えていたのですが、「本当に美味い酒」を追求してゆくと、大吟醸だけではなく純米酒に魅力的な世界が存在することが分ってきて、しかもその“お燗”に更なる味覚の世界が広がっていることが分ってまいりました。

 今回、純米酒の“お燗”を数種類試みたわけですが、“お燗”の世界も深く、なかなか難しいものだと思いました。酒質と最適の温度の関係が、今回の一度だけで決定的な答えまでに到達するハズもなく、興味深くはありましたが「?」の多く残る試みとなりました・・・・なんだか深入りしそうです。

 音楽は将来が期待される若手のピアニストにシューベルトの「さすらい人幻想曲」とラヴェルの「ラ・ヴァルス」を演奏しいていただきました。日本人の演奏家を支援・育成するシステムの構築について、永年頭を悩ましてきたわけですが、その事についても改めて考えさせられました。

 将来性のある若者も(当然のごとく)今後成長を続けて行かなくてはならないわけです。第一は本人の精進には違いありませんが、それを「育む環境」と言うものが考慮されなくても良いものか・・・西洋音楽と言う観点からすれば、日本は(砂漠とは言わないまでも)湿潤ではあっても非常に痩せた砂地のような環境と言えるのではないでしょうか。

 このような環境では、特別に苗を育成するような場を作って行く必要を感じるわけです。そのような育む母体の役割を<レーベンス・マイ>に担ってもらいたいと期待するわけですが、立ち上げて運営するには大きなエネルギーが必要になってまいります。おまけに不測の事態の発生に備えるだけのシステムが備わっていなくては持続的な活動は難しい。諸々、全般を考えると・・・物事には「手順」というものが不可欠に思われてきます・・だから30年もかかってしまうのですね。
<アンコールに答える八尋三菜子さん>
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by jmc_music2001jp | 2013-01-23 23:17 | jmc音楽倶楽部
 このところ取り組んでいたVierWeg《ナンバ》の制作が最終段階へさしかかりました。一番手間のかかるハイビジョン映像の最適化作業ですが、苦しめられたのは今回も同じでした・・・しかし、ソレもやっとクリアして、制作の目処が立ちました。

 昨夜焼いたβ版のCD-ROMを、本日著者宛に郵送して一段落いたしました。明後日のサロンでのお酒が美味しいことでしょう!

 しかし、音楽家育成プログラムの管理システムの構築は未だ取り組んではいません。日頃から何度も頭の中ではシュミレーションを繰り返しているので、やるべき道筋は見えています。そしてやり始める時には、腹を括って、意を決して取りかからなくてはなりません。気力を要します。
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by jmc_music2001jp | 2013-01-19 00:16 | 音楽企画制作
 13日の日曜日には午後から深夜にかけて、「美空ひばり」特集と「ヤンソンンス指揮/バイエルン放送交響楽団」による<ベートーベン>の交響曲の放映がBSでおこなわれた。

 昼間の「美空ひばり」は長時間に渡る放映だ、何かの記念日なんだろう・・と思った。一部しか観ていないのだけれど、この日本の歌姫が本物であることを改めて思い知らされた。最後の東京ドームでのコンサートで歌った「みだれ髪」の経緯と本番の様子を見たが、見ていて泣きそうになった。

 私はクラシック畑の人間で、歌謡曲には本来興味が湧かないし、未だに良くもしらない。しかし、「美空ひばり」だけには、折に触れてその<凄さ>に心を揺さぶられる想いがしている。

 「美空ひばり」は<心の思い>や<気持>を100%歌に乗せて歌う事ができた人だと思う。だから日本人の多くの人の心の奥に届き、心を揺さぶったのだ。長い音符にあれ程の<心のせつなさ>を込められる歌い手が他に居るだろうか?

 「美空ひばり」の歌に、本当に<涙を流した>ことがある。昔々、黛敏郎が司会を務めていた頃の「題名の無い音楽会」。そこで「美空ひばり」にプッチーニのオペラ「トスカ」の「歌に生き、恋に生き」を歌わせたことがあった。その歌に込められたトスカの迷いや苦悩、その揺れ動く気持を見事に<ひばり節>で歌ったのだ・・・その心は100%伝わって来て、私の心を根底から揺さぶった。それ以来、「美空ひばり」は天才だと思っている。

 ところでヤンソンスだけれども・・・「ベートーベンは本当にコウ想ったのだろうか?」と疑問を抱かせる演奏だった。その主な原因は特にテンポに由来するのだと思う。

 料理の世界に「・・・仕立て」と言うものがある。例えば、「○○の京風仕立て」とか、「△△のイタリアン仕立て」のような料理。それはそれなりの世界を持っていて、それなりの美味しさが味わえるのだろうと思うのだけれど、「ベートーベンのヤンソンス仕立て」はどうなのだろうか?それも料理の場合のように<納得>させる<世界>を持っていれば、ソレはソレで楽しみを感じることであろうが、只の<ヤンソンス仕立て>であったなら、<よけいなお世話>となってしまうのではないだろうか?それならばむしろ、ドゥダベルが指揮したベネズエラの子ども達のオーケストラの方が、よほど説得力を持つと言うものだ。

 しかし、オーケストラのバイエルン放送交響楽団の響きは、ドイツのオーケストラの伝統を感じさせる見事なものであった。その響き自体を心ゆくまで楽しんだのだが、料理で言うならば<素材の新鮮さ>が<美味さ>に繋がったのだろう・・・それが私には、大きな「救い」に感じられた。
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by jmc_music2001jp | 2013-01-14 04:09 | 芸術随想

指揮法の講座

 8日は福岡学生オーケストラ連盟主催の<指揮法講座>、大学オケの新しい学生指揮を担当する人達を対象としたもので、九州大学の大橋キャンパスの教室で行いました。

 夜の7時から8時50分と言う限られた時間で、指揮法の基本を理解してもらわなくてはなりません。かなりハードな役目です。なにしろ1回(1時間50分)で分るほど甘くはないのですから・・・それでもそのようなテーマを与えられれば、それに答え(応え)なくてはなりません。

 7時キッカリに始めて、実質的な休憩時間は無しにして・・・8時50分キッカリに終了いたしました。音楽をやっていると、決まった時間内で物事をまとめあげる事への関心が強くなります。いつもの事ですが、一種のゲームに挑戦するような緊張感を持ってとりかかります。時間キッカリに完了して、(内心)「してやったり!」と思ったりもします。

 これは「音楽」が「時間芸術」で、一定の(演奏)時間の中に、一つの「完結した世界」を実現しなくてはならないことに由来していると思います。

 ・・・と、無事に終了はしたのですが、後で少し<イライラ>する感情が残ってしまいました。「指揮法」を「1時間50分で理解させる」などと言う、元来むちゃくちゃな話をやらせる事自体への<怒り>のようなものだったのでしょう。

 公共から依頼される音楽企画では、そのような例が沢山ありました。「歌うこと」を教える企画で、「4時限あれば100%伝えられる」と考えているのに、1時限や2時限の時間内でやって欲しいなどと依頼されます・・・実は、こんな場合は<やらない>方がいいのです。皆の時間と労力とお金を使って、結局は何一つ生み出すことも出来ません。その時の「体験の輪の全てが繋がり完結する」ことによって、初めて<腑に落ちる>と言う自覚に至るのですから。

 それでも指揮法の講座では、最大限に理解が進むように(ほとんど全力で)挑みました。見学していたインスペクターが「面白かった!」と感想を伝えてくれましたが・・・これで全員の受講生が指揮を振れるようになるかと言えば・・・そんなコトはありません。(その夜は、久し振りにお酒を飲みました)
<大学オーケストラ連盟の指揮講座/九州大学大橋キャンパス>
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by jmc_music2001jp | 2013-01-10 02:58 | 音楽企画制作
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 新年 明けまして おめでとうございます。平成25年は新しい良き時代の到来を予感させる年明けでした。空白の20年から充実の新しい年へと躍進してくれることを祈ります。
 第101回jmc音楽サロンのご案内です。新年は恒例の日本酒によるサロン、只ただ美味い酒だけを集めました。今回は特に“燗酒”をテーマにして、本物の美味い酒に肴を吟味して準備します。音楽は若手ピアニストとして最も期待される八尋三菜子さんに、新年に相応しいプログラムで演奏していただきます。お知り合い、お友達をお誘い合わせの上ご参集ください。皆さまとの再会を楽しみにしています。
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by jmc_music2001jp | 2013-01-05 22:41 | jmc音楽倶楽部
<アイガーの夜明け>
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 ブログ《最新情報》読者の皆さまに、新春のご挨拶を申し上げます。2005年に始めましたブログも延べ8万人以上の方々に読んでいただいて、本当に嬉しく思います。音楽や芸術一般、旅行や子育てなど、折に触れて心に想うことを書き続けてまいりましたが、これまで続けてこれたのも、皆さまが読んでくださっていることによって、私の背中を押して下さったのだと思います。本当に有り難うございます。

 平成25年は、ウィーン留学から帰国して32年目にあたります。今年は帰国以来暖めていた計画を、いよいよ実行に移す年度を迎えたと実感しています。ウィーン留学中に、日本人の音楽家としての可能性に強い確信を抱いたのと同時に、日本と言う国に<音楽のマネジメント>が欠落していることにも気づかされました。<マネジメント>の確立無しには、日本人の音楽家の飛躍は不可能だとの結論に至っての帰国でした。

 帰国から30年以上経過していますが、<音楽マネジメント>は未だに確立されているとは言えず、そのような気配を感じることすら、未だに出来ません。西洋音楽が生まれたキリスト教の文化基盤もなく、支配階級からの支持・支援の伝統もない日本で、<マネジメント>する基盤そのものを如何にして築くのか・・・砂や小石ばかりの広がる平原を見渡すような気分でした。

 手探りの試行錯誤を続けてまいりました。国や公共機関からの助成金を得た企画や、企業メセナのコンサートも数多く手がけてまいりました。しかし、そのような資金は、ちょっと景気が悪くなれば、直ぐに姿を消すお金でした。そのようなお金を基盤にすることは、とても不安定で頼れるものではありません。

 自前の資金を得る為に、2006年夏から電子書籍の開発に着手いたしました。丸一年、365日の徹夜の末、2007年秋には電子書籍の第1号としてe-Book「楽典」<入門>を刊行いたしました。更に研究を進めた2009年には、マルチメディア(クロスメディア)技術を駆使した電子書籍e-Book「指揮法入門」を刊行。2010年、アップルがiPadを発表して世界的な電子書籍ブームに火を付けたその1年前には、すでに動画を組み込んだ電子書籍の刊行を終えていたのです。

 現在においても一歩先を行くレベルの電子書籍を発行しているのですから、これを事業として成功させることができれば、音楽家育成の為の資金源を得ることができ、最も困難な要素に一つの目処を立てることができます。

 更に、ミクシィやFacebookで世界中が繋がる時代を迎えて、音楽家と社会を繋げる社会インフラが整備されつつある現在、日本という(音楽的土壌としての)不毛の地にも、希望の道筋をようやく見つけることができたように感じています。・・・勿論、実際にやるには楽では無いことぐらい良く分っています。何しろ30年もの試行錯誤の体験がその難しさを証明してくれているのですから・・・その上で更に、今年がその第一歩の年度になるであろうことを、今強く感じます。
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by jmc_music2001jp | 2013-01-01 16:54 | 芸術随想