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山口演奏旅行、終わる

 文化庁“子どもの文化芸術体験事業”in山口は5月15,16日と21,22日の2週間に渡って実施されました。山口で一番印象に残ったのは、子ども達の“躾”が非常に良いこと、演奏中にきちんとした態度で、集中力を切らすことなく聴いてくれた事でした。

 教師や父兄にしっかりとした信念が無いと、なかなかコウは行かないと思います。萩市で感じたことは、何と言っても吉田松陰の存在です。彼の教えが街中に染み渡っているような感じを受けました。

 萩の街に入って行くと、福岡や他の都市ではケバケバしく目立った色をしている看板や建物の色が、押さえられた落ち着いた色合いをしているのです。ユニクロもマクドナルドやガスト、薬チェーンのお店等々・・・普段ケバい色合いの店が、全てしっくり落ち着いた色合いになっています。最初は条例で決まっているのかと思いましたが、どうやらソウでもなさそうです。萩市民はケバい色した店などは、嫌って寄り付かない・・・どうやらその辺りが理由のようです。

 明倫館小学校を訪れました。今年の3月まで実際に本館を使用していたということです。この学校の佇まいの落ち着きが萩の住民の精神性を現しているように思います。小学校の校長先生が明倫館小学校の卒業生とおっしゃってましたが、毎朝の慣例として吉田松陰の言葉を暗唱(素読)していたそうです。その時には十分に理解できなくても、大きくなって次第次第にその意味を理解し、精神に染み渡ってゆくのでしょう。

 一人の優れた人間が現れれば、時代を超えてその精神が受け継がれてゆく・・・そんな実例に初めて触れた気がします。日本人クラシック音楽家の為のマネジメントを確立する必要がある・・・との思いから起こした行動は、すでに33年の歳月を経ています。斎藤秀雄の遺志を継承する事業を起こしましょう・・・と秋山和慶さんと話し合ってから、早8年が過ぎています。演奏家は如何にあるべきか・・・斎藤先生が一生を懸けて全力で取り組んだものを、如何にして継承し実現できるのか・・・今はまだ、立ちはだかる様々な壁を目前にして、呆然とするばかりです。単に仕事を見つけて、配分するだけのことなら、気楽な話ですが・・・。
<山口中学校と越ケ浜小学校での演奏会>
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by jmc_music2001jp | 2014-05-24 01:28 | jmc支援事業
 5月15,16日は文化庁“子どもの文化芸術体験事業”で、山口県萩市を訪問しました。15日は大井小学校、16日は白水小学校、今回の第1クルーはこの2校です。

 萩市内を海側に突き抜けて、海岸沿いの道を北上、越ケ浜の先きを少し内陸に入ったところに大井小学校はあります。今回、体育館のピアノがアップライトであることが判明、急遽<音楽室>での芸術体験事業となりました。

 プログラムを低学年用と高学年用に分ける(各45分)との要望があり、生徒が二分されることで、音楽室でも開催が可能であったのが幸いしました。

 日本の少子化問題が本当に深刻な状況であることは、小学校を訪問して(生徒数が少ないこともさることながら)校舎一棟が全く使用されていないような現場を目の当たりにすると、その事態の深刻さを実感を持って受け止めることができます。
<大井小学校の音楽室/ピアノ・トリオの演奏>
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 こども達は良く聴いてくれました。萩に来て一番驚いた事は、子ども達の躾とマナーが驚くほど良かった点です。大井小学校で終演後に校長室まで移動する間にも、実に素直に明るく、声を掛けてくれました。ホテルに到着後、夕食に出かけましたが、橋の袂でもその先きにおいても、すれ違った中学生の男女が「今日は!」と挨拶してくれました。もちろん互いに見ず知らず・・・「何と素晴らしい!」・・と感動いたしました。

 このマナーの良さは16日に訪問した白水小学校でも同じでした。低学年も高学年も、実に静かに集中して聴いてくれました。普段から<姿勢>や<有り様>の大切さを訓練されているので、「音楽」を受け止める精神的な作業においても、集中力を持続させることが出来るのだろうと思います。

 萩の明倫館小学校の佇まいにも、松下村塾の佇まいにも、共通したものを感じます。虚飾を排し、ただ必要なものだけを現す。本質的に必要なモノ以外は問題としない・・・その結果現れるのが、「姿」そして「佇まい」・・・それは、萩の小学校に通う小学生にも感じとれます。父兄も先生も・・・共通の価値観を持っているのでしょう。それが小学生の佇まいから、街全体の雰囲気までを醸し出しているのではないでしょうか・・・そんな気がします。

 下の写真は白水小学校高学年の生徒達。低学年も高学年も、実に静かに集中して演奏を聴いてくれました。彼等の姿勢(佇まい)に注目して欲しいと思います。2列目一番手前の少女の姿勢の素晴らしさに注目して頂きたい!小学校高学年で、このように素晴らしい『生きる姿勢』を身につけていることに、感動すら覚えます。

 全ての演奏を終えて、校長先生のお礼の言葉をいただきました。その中で(生徒達に向けて)「今日の演奏を聴いて、自分もやってみたいと思った人は手を上げて」・・・の問いかけに、上級生を中心に実に3分の2の生徒が手を上げたことにも、驚きを覚えました。

 萩市を訪問して一番感じたのは、(父兄も先生も)大人達が(子ども達を育てるにあたり)信念をもっている・・と言うことでした。それが街の佇まいにも感じられますし、子ども達の『姿』にも感じ取れます。松下村塾に代表されるように、(萩市民は)「近代日本を造ったのは我々だ」・・と言う誇りを、心に抱いているのではないでしょうか?時流に流されず、シッカリと本質からは目を離さない・・・そんな『萩魂』とでも言えるものを感じました。
<白水小学校/静かに聴き入る高学年の生徒達>
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by jmc_music2001jp | 2014-05-17 01:58 | jmc支援事業
 今日は毎年恒例となっている福岡学生オーケストラ連盟の指導の日、午後一杯の時間を使って指導したのだけれど、毎年のことだが『音楽好き』な学生達を指導するのは、何とも心地よい。音楽が好きな者同志が向き合って過ごす時間は、心の栄養と言っても過言でないように思う。

 今回のメインはドヴォルザーク“第7交響曲”だったのだが、この楽譜を読んで思ったことがある。この曲は明らかにブラームスの交響曲第1番に触発、又は色濃く影響を受けて作曲されたものだろう。楽譜を読んでみて、確信を持ってそのように思われるのだ。類似の動機も見られるし、『表現しようとする音楽』にもブラームスを意識したものが感じられる。

 ところが、非常に尊敬するブラームスを意識して作曲したものは、<ドヴォルザーク本人の本質>そのもので無いことは、いたしかた無いことだ。そうなると面白いことに、音を発すると「音」「響き」「メロディー」の中から、その「音楽の本質」が立ち現れて来る・・・と言う通常の現象が生じないのだ。例えるならば、言葉を発してはいるけれども、その人のメッセージが伝わって来ない・・・そんな状態に似ている。

 同じドヴォルザークでも第8番は民族舞踏のリズムと魂が立ち現れるし、第9番「新世界」などは「音」を出しただけで、<魂の語りかけ>が聴こえて来る(本当の傑作!!)。しかし、他人の魂から発せられた音楽スタイルで作曲しようとしても、どうしても『自分のモノ』ではない。「仏造って、魂入れず」と言う言葉があるが、立派な仏の姿をしてはいるけれども、その内側から「仏の魂」のメッセージが発せられる・・・とは行かないのだ。

 そこで、それぞれの<フレーズ>についての『魂』を解説してあげる。全演奏家がその「魂」を理解・認識した上で、その魂をフレーズの中に込めるようにして演奏すると、ドヴォルザークが願ったものが演奏として実現する・・・このような手順を経た後に『音楽』が立ち現れると言う、極めて珍しく興味深い体験をした。

 色々な事が多くて、日々常に追われているような状態だけれども、コレでまた一段落した。金先生から電子書籍VIerWegのCD-ROMが届いて、これからチェックするというメールも頂いた。春から秋のプランターの定番メニューである『サフィニア』の苗も購入済みだ。明日は苗をプランターに植え付けて、秋ー冬の花「パンジー」と入れ替えることにしよう。一段落した時でないと出来ない此れ等お花の世話が、一番の気分転換になる。
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by jmc_music2001jp | 2014-05-11 01:57 | 芸術随想

初めての“お絵描き”

 私には奏(かなで)君という初孫が居ます。長男家族として生まれ、現在1歳5ヶ月。先週、長男の友人の結婚式で福岡にやってきました。
<お昼寝から覚めると、お母さんは外出中。ちょっと“ベソ気味”の奏くん>
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画用紙と鉛筆があったので<お絵描き>を勧めてみると、俄然やる気を出して描き始めました。間もなく帰って来たお母さんの言うには、<お絵描き>は初めてだ、と喜んでいました。
<足を踏ん張って!鼻息荒く、やる気満々の奏くん/作品1?>
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赤ちゃんが新しく物事を吸収していく有様には驚かされます。7ヶ月で我が家に来た時には、初めて聴くクランド・ピアノの演奏を、1時間に渡って聴いても聞き飽きません。現在も、睨みつけるようにして聴き入っています。今回、初めて<お絵描き>を知ると、文字通り『堰を切ったように』<お絵描き>が飛び込んででも来るかのような様子でした。私は音楽を<教える>立場にあるので、「手順」や「カリキュラム」のようなものを組み立てて指導するのだけれども、幼児を観察していると、どうやら様子が違うように感じます。『堰を切った』『鉄砲水』のように、対象を我が物にするかのように見えます。準備されていた能力にスイッチが入った途端、獣のように一気に対象につかみかかります。現在、1歳5ヶ月。相手をしていて飽きません。
<すっかり覚えた「お絵描き」、母方の実家で満足そうな奏くん>
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by jmc_music2001jp | 2014-05-06 01:37 | 芸術随想
 5月1日は第4回目の“日本酒を味わい尽くす会”でした。キッカケは「日本酒の教科書」(宝島)を見ていたら、呑みたくなって、日本の北・北海道と九州長崎の酒を入手、出来方の違いなどを見つけてみようと言う気持ちになったからです。そこで他のメンバーに声を掛けたら、二つ返事で開催決定。

 理系の多い我々メンバーは、始めからデジタル温度計などを持ち込んで、5度刻みで酒の燗をつけたりしているのですが、今回はさらに「表面温度計」まで持参するらしく・・・装備は万全《矢でも鉄砲でもモッテコイッ!》の心境で当日を迎えました。

 一升瓶を2本、ザルツブルグのモーツアルト生家で購入したバックに詰め込んで(重さも苦にならないから不思議です)、イザ出陣!しかし、家を出る直前まで<何やカニヤ>とやる事が多くて、私一人が遅刻して到着する始末でした。

 当日の酒は、北海道の『国稀』(くにまれ)(特別純米)と長崎県の『六十餘洲』(ろくじゅうよしゅう)(純米大吟醸)。北と南(西?)で性格は異なるものの、いずれもキチンとまとまった世界を保持していて、杜氏の心意気が偲ばれる味わいでした。・・・次は香川と青森の燗酒に決まっています......。
<先ずは乾杯!“味わい尽くす会”のメンバーと>
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by jmc_music2001jp | 2014-05-05 04:02 | イベント情報