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by jmc_music2001jp

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紹介された『計画』

 jmc音楽研究所が取り組みつつある『計画』が7月7日刊行の書籍<今年のヒットはこれだ2016>(ミスター・パートナー出版部)で紹介されています。(タイトルと本文を転載いたします)
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音楽家と社会を結ぶ接点を構築
演奏機会の開拓に情報技術活用

(音楽教育者の斎藤秀雄氏に師事した経験を生かし、音楽家の育成と演奏機会を広げるマネージメントに情熱を傾ける。)

  クラシック音楽家と社会をいかに結びつけるか。35年にわたり音楽家の育成と活動の場を広げるマネージメントに力を注いできた『ジェイエムシー音楽研究所』の代表大畑恵三さんが、4月から「Tom-net福岡(トーサイ・ミュージック・ネットワーク福岡)」の名のプロジェクトを始動させた。これまで追求してきた課題を時代の流れの中で見直し、情報技術などを活用して目標の達成を目指す集大成的な活動だ。

  「最新の情報技術を使い、音楽家、顧客取引先、イベント、イベントと音楽家のマッチングの4つの管理機能を持つホームページを構築し、この夏に稼働させる計画です。音楽家のデータベースも蓄積し、音楽家と社会を結ぶ接点として役立てていただきたいと思っています。これと平行して音楽家が得意分野や演奏会のスケジュールを広く広報できる音楽家専用のホームページを提供することも考えています」
 4月からは若手音楽家の研鑽を支援する活動をスタートさせた。
 「研究所に併設した小ホールを若手音楽家の研鑽の場として活用する企画です。プロフェッショナルなソリストや新しいアンサンブル・ユニットの誕生を目標に研鑽の場を提供します。又、売れる演奏プログラムの研究開発や新人発掘の機会にも繋げたいと思います」

  桐朋学園大学で指揮・音楽教育者の故斎藤秀雄氏に師事し、ウィーンに留学して帰国後、「ジェイエムシー音楽研究所」を立ち上げた大畑さんは、マルチメディア技術を駆使した画期的な音楽電子書籍「VierWeg(フィールヴェーク)指揮法入門」で注目を集め、一方で全国の自治体や公共ホールでの演奏機会の開拓にも力を注いできた。
 「プロジェクト名のトーサイは斉藤先生のニックネーム。その音楽への情熱、生き様から多くを教えて頂いたことへの恩返しだと思っています。    (ライター/斉藤紘)
<今年のヒットはこれだ2016(ミスター・パートナー出版部)7月7日初版>
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by jmc_music2001jp | 2016-06-22 22:50 | イベント情報

パソコン<新体制>!

 私の主に使用しているMacBookProが、最近色々と不具合が出始めて、旅行から帰ったら何とかしなければ次のステージに進めない・・・と感じていました。Macに最新のOSをダウンロードしようとしても、途中で作業が止まってしまうし、一方Windows7を最新のOSに切り替えようとしても、Windows10のダウンロードが途中で止まってしまう・・・。

 先日、天神でセミナーを受講していて、その空き時間に福岡天神のAppleStoreに顔を出すことにしました。入店すると直ぐに、いつもお世話になっている店員が私を見つけて来てくれました。何だかこう言うMacの顧客サービスにいつも感心いたします。当日は技術担当者が手一杯の状況だったので、翌日に予約を入れることにいたしましたが、その時もその担当者は私のフルネームを覚えていて、私の名前をスマホの予約欄に入力します・・・私としては、カナリのビックリでした・・・。

 さて、MacBookProに最新のOSをインストールする作業は、実に3時間を超える作業となりました。嫌な顔一つせず、丁寧に対応してくれた係員に感謝・感謝です。

 一方、Windows10のインストールは自力で挑戦、これも途中で止まって「???」でしたが、よくよくエラーの原因を調べて、ようやくクリアすることができました。これで私のパソコンは最新OSを搭載、新たなステージへの臨戦態勢が調いました。

 さて、これから本気で作業に取りかかります。
 
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by jmc_music2001jp | 2016-06-17 14:19 | jmc支援事業
 26日は、終日ザルツブルグを自由散策。大半のメンバーは“勝手知ったる”ザルツブルグの街を思い思いに散策致します。午前中、初参加の生徒2人を同行してザルツブルグの主だったポイントを案内しました。午後に自分達の力で(地図を片手に)ザルツブルグ探訪が出来るように配慮してのことです。自分の頭で考え、自分の足で行動することに大きな意味があります。その点、ザルツブルグは小さな街で、迷子になる心配もありません。

 モーツアルトの生家はチェック済み。大聖堂(ドゥオモ)に続いてレジデンツ(宮殿)へ、ザルツアッハ川のモーツアルト小橋を通って対岸のベンチで昼食をとりました。その後はマリオネット劇場やモーツアルテウム音楽院を経てミラベル庭園へ。ここでは多くのメンバーと出会いました。ミラベルの前のモーツアルトの家を確認すると、リンツァーガッセに入ってカプツィーナ修道院に登りました。ここはザルツアッハ川を挟んだ対岸の景色、旧市街とホーエン・ザルツブルグ城の絶景が望めます。
<旧市街とホーエン・ザルツブルグ城、左にはノンベルク修道院>
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 丘を下りて、カフェで休憩。その後は、二人でのザルツブルグ探訪に送り出しました。夜はザンクト・ペーター・シュティフツ・ケラーで夕食。食事の後は、名物のザルツブルガーノッケル(甘かった!!)。

 27日、ザルツブルグ空港からフランクフルトを経由して、日本に向かうルフトハンザに乗り込みました。28日はお昼に羽田到着、東京組のご夫婦と宮崎に帰るメンバーとはここでお別れです。14時10分発のANA福岡行きに搭乗、16時に無事福岡空港に着陸いたしました。
<無事帰国、福岡空港で>
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by jmc_music2001jp | 2016-06-11 17:47 | 音楽企画制作
 シャーフベルク山への登山鉄道の昇り、現地ガイドが「山頂までしばらくかかりますヨ。到着までに朝ご飯を食べたらいかがですか?」と皆に勧めました。つられて食べ始めた仲間もいましたが、私は心の中で「違うヨ・・・」と呟いていました。

 私が我々の旅に必ず一度は織り込む<ピクニック・ランチ>(今回は朝食だけれど...)は、その国の空気に肌を触れながら、風景につつまれてゆっくり食事をすることで、その国の人の<想い>や<感覚>に出会って欲しいと願うからです。満開の桜の麓でお弁当をひろげて「あ々!日本人だなぁ!」と実感するように、(日本人とは異なる)その国の人々の<感覚>に出会う切っ掛けになることを願ってのことです。(時間の節約とは話が違うでしょう)

 私の3年半の留学経験の折に触れ、日本と欧州との違いを実感して、<民族性>とは何か、<感性>とは何か、<文化>とは何か、<精神性>は何処に由来するのか、<自覚>とは何か、<芸術>とは何か・・・等々、多くを考えさせられ、沢山の《気付き》を頂きました。それに近い体験と気付きに、この9日間と言う短い時間で出会って欲しい・・・と言うのが、旅を企画する動機につながっています。
<ノンベルク修道院のお御堂の中、“祈り”が流れる>
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 私の音楽生活のターニングポイントとなったのが<ノンベルク修道院>の<夕べの祈り>です。ですから、ザルツブルグを訪問した折には、必ず皆さんをご案内することに決めています。今回の旅に初参加した男性は、一部上場企業の役員を務める現役のサラリーマンですが「人生観が変わった」とおっしゃってくれました。<夕べの祈り>に触れて、人生で初めて涙を流したそうです。この旅の日程の至る所に<人生観を変える出会い>の機会があったと思います。
<旧市街の教会と街並み、鐘・鐘・鐘が鳴り響く・・・>
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 今回、仕事の都合で止むなく途中で帰国した男性メンバーも、23年前の第1回に参加して、やはり「人生観が変わった」とおっしゃっています。彼は当時会社社長で現在は会長職を務めておられますが、仕事でどうしようもない場合を除いて、その後のほとんどの旅に同行いただいております。
<丘を散策、ザルツブルグ城の絶景と旧市街>
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 お二人の感想に共通していたのは『美しいもの』『優美』と言う言葉でした。<真実>は<美しい姿>をしています。クラシック音楽において、どうすればこの《姿》を日本に浸透させることができるのか・・・私にとって35年のアートマネジメントの課題はこの一点につきます。それについて、未だに苦闘する毎日が続いています。
<アウグスティーナ・ブロイ、庭園の樹の下で>
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 今回、我々の教室の(すでに結婚している)二人の卒業生が、初めて参加してくれました。体験すれば必ず<出会えるもの>がある、そう信じて旅程を組んではいるのですが、果たして二人にとって感動の連続で、人生の大転換点となってくれたようです。「今まで《感動》と言うものを知らなかった」・・・嬉しい言葉です。
<大聖堂での祝日のミサ。泣き出した二人、何かに出会ってくれたようです>
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by jmc_music2001jp | 2016-06-10 02:56 | 音楽企画制作
 ザルツブルグが近くなると、道は随分と混んで来て、流れはぐっと悪くなりました。ザルツブルグ到着の最初の訪問はノンベルク修道院。ここで『夕べの祈り』を聴かせていただくことになっています。通常は夕方の5時に始まる祈りですが、旅行社が申し込んでくれたところ、特別の事情があるようで、開始時間が4時になるらしい情報が入っています。我々も当初の予定を変更、レオポルド・クローン城を湖の対岸から見るのを中止して、直接ザルツブルグに向かいました。

 ザルツブルグに到着し、丘に建つノンベルク修道院のすぐ下で下車したのですが、登り口がはっきりしません。結局、随分と遠回りして丘への登り口を見つけました。修道院まで続く石段を登りきり、丘の反対側に回り込んで修道院の入り口にたどり着いたのは3時45分頃。薄暗いお御堂の椅子に腰掛けて『夕べの祈り』を待ちました。この修道院は映画「サウンド・オブ・ミュージック」で<マリア>が居た修道院で、家庭教師のマリアを尋ねて子ども達が修道院を訪れ、入り口の呼び鈴を引っ張っていた場面を覚えておられるでしょう。

 4時前、背後の2階に物音がして、修道女が集まってきたのが分かります。何しろ修道院ですから、外部の人と接することの無い2階の部屋でのお祈り、それがお御堂の中に流れ込んでくるのを聴かせてもらうのです。柔らかいオルガンの音が流れ、《祈り》が始まります・・・それは「音楽」でも「歌」でもなく・・・唯ひたすらに《祈り》です.....。私にとっては、『魂の故郷』に帰り来た想いでした。

 終わった後は旧市街が見下ろせる中腹の道を緩やかに下ります。ほぼ降りきった場所に、ホーエン・ザルツブルグ城へ登るケーブルカーの乗車口。そのケーブルカーでお城まで、これから丘の上の道をザルツァッハ川の下流方向に、丘の終わる地点まで散策します(ところが城内の道が複雑でウロウロ。お城の中をほぼ一周してようやく外の道に出ることができました)。

 丘の上の散策は、およそ1時間程のものでした。途中では、石段を下ったり、さらに上がったりと、かなりの健脚コースではありました。しかし背の高い木々の下を綴る道や、時折眼前に広がる旧市街の美しい町並み、教会が打ち鳴らす鐘・鐘・鐘の響き、突然現れる絶景ポイントからの、ホーエン・ザルツブルグ城を中心とした文字どうりの《絶景》!!夕食会場のアウグスティーナ・ブロイまでの散策を十二分に堪能いたしました。

 アウグスティーナ・ブロイはこの丘の散策の終わる地点にあります。旅行者の来ない、地元の人に人気のビアガーデン。ここのビールは“病みつき”になるほど《美味い!》のです!!ここで席を予約して、ビールだけを注文すると、食事は我々が売店で直接にチョイスして運びます。何か美味いかはヨーーク知っているので、必ずこうすることにしています。

 皆で《美味しい!おいしい!》と食べて、呑んで。大いに満足すると、市バスに揺られて旧市街に帰り、ゲトライトガッセの<ホテル・ゴルデナー・ヒルシュ>にチェックインいたしました。明日は自由散策です。
<(上)“夕べの祈り”の後、散策途中の下流方面絶景、(下)城の絶景ポイント、城を背景に>
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by jmc_music2001jp | 2016-06-08 02:00 | 音楽企画制作
 25日、メンバーの一人が仕事の都合で我々とは別行動、日本に帰国しなくてはならず、大変残念な思いがいたしました。我々は朝食をホテルではなくシャーフベルク山頂で頂く予定で、ホテルが準備してくれた朝食をバスに積んで、始発の登山鉄道の駅に向かうことになっています。発車前に白馬亭の前で全員の記念撮影をいたしました。
<白馬亭前での全員の記念写真>
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 昨日の小雨の影響で、曇りではありますが気温は非常に低く、シャーフベルク山頂での防寒が気になるところです。メンバーはコートやダウン・コートで万全の準備ですが、私はと言うと僅かに重ね着をした程度の軽装、借りたスカーフを首に巻いての出発でした(内心「ダイジョーブかなぁ〜」...と思いつつ・・・)。

 シャーフベルク山への登山鉄道はアプト式、二本のレールの中央に機関車の馬力を伝える歯車を受け止める為の(溝のえぐられた)もう1本のレール。創設当時は石炭を燃やしていたそうですが、近年は環境を考えて軽油を使用しているらしい。しかし始発駅の隅には石炭の小山が残されていて、チョットした演出も。

 列車はゴツゴツと音をたてながら、急な斜面を登ってゆきます。昨日の雨の影響で、雲に包まれた山肌から時折麓の湖が顔を覗かせます。山頂の周辺は雲に包まれて、自慢の360度の眺望は残念ながら望めません。それでも山頂そのものが霧に包まれることもなく、頭上から雲を通して届く太陽の光が、暖かくさえ感じられました。

 山の斜面のベンチを選んで、朝食をいただきました。持参した保温ポットに入れてもらったホット・コーヒーが、身体の中心に暖かい空間を生み出してくれます。日本で予想した<ホット・コーヒー作戦>は大正解であった訳です。(これが無かったら、その日の山頂の朝食は、かなりの寂しさと孤独感に包まれたものになっていたかも知れません)

 食事が終わる頃から、段々と雲が晴れて陽の光が射し、下界の風景や遠くに白く輝くオーストリア・アルプスが見えて来ました。「オーィッ!!見えてきたゾォーッ!!」。下から感動した声が聞こえてきます。そろそろ1時間、下山する列車の時間がせまっておりましたが、感動が最後にあって、展開としては良かったのかも知れません。

 下山すると、遊覧船でザンクト・ギルゲンまで湖上のクルージングです。お天気は完全に回復し、強い日差しの中、35分程でザンクト・ギルゲンに到着いたしました。ここはモーツアルトのお母さんの故郷で、広場には幼少期のモーツアルトがヴァイオリンを弾いている像も建っています。

 ここで昼食をいただいた後、専用バスで一路ザルツブルグへと向かいました。
<(上)登山鉄道の機関車、山頂で、(下)ザンクト・ウォルフガング湖、ヴァイオリンを弾くモーツアルト像>
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by jmc_music2001jp | 2016-06-06 12:59 | 音楽企画制作
 24日は昨夜からの雨の影響で、小雨ではありますが気温が随分と下がってしまい、日本の2月下旬から3月上旬くらいの気温となりました。

 専用バスでウィーンを出発、リンツを目指して走ります。U4の地下鉄路線に平行してシェーンブルン方面に走ると、ギュルテル(外環状道路)の手前で昔住んでいたグンペンドルファー・シュトラーセ駅が見えました。ここから右方向、ウィーン西駅方面に6分程歩いた所に住んでいたのです。一瞬の懐かしい光景でした。

 高速を1時間程走って、オットーワーグナーの最後の建築物であるアムシュタインホーフ教会を訪れました。ここは広大な敷地につくられた精神病院で、そこにオットーワーグナーが最後の作品<アムシュタインホーフ教会>を設計したのです。内部は精神病患者への様々な配慮がなされていて、患者が起こす恐れのある失敗を回避する設計が施されています。何よりも教会内部を包み込む黄金色に輝く装飾が、大きく優しく患者を包み込むようにデザインされていることが素晴らしいと思いました・・・『愛』で包み込む・・・デザインは(視覚で)十二分にその事を伝えてくれました。

 リンツで昼食をとり、その後はブルックナーがオルガニストを務めた旧大聖堂を訪問。バスに乗ってザルツカンマーグトに入ります。バート・イッシュルでカイザー・ビラを見学し、今晩宿泊するザンクトウォルフガングの白馬亭に向かいました。白馬亭では湖を望む特別室で第110回jmc音楽サロンを開催いたしました。

 今回の全行程のホテルの全てが、大いに満足させられるものでした。一流とはこう言うもので<おもてなしの心>は世界共通なものだと再確認いたしました。一方で残念なことも少しだけ・・・シェーンブルンのアイス・カフェの他にも、ウィーン・ザルツブルグの2日間のバス運転手が、約束の時間ギリギリに到着したり遅れたり、アムシュタインホーフ教会をスルーしようとしたり、ザルツブルグ到着時間を尋ねても答えなかったり(我々には現地4時の約束があった)。何とも<自分の都合>だけしか見えないような人物。「日本人のツァーには使用しないようにクレームを入れる」と添乗員が怒っていました。

 もう1件、ウィーン国立歌劇場の終演後の事。23年続いている我々の旅は、終演後少々時間を待って観客がまばらとなった(正面)階段で、記念の集合写真を撮影するのが習わしでした。どの会場でも気持ちよく撮影を終えて、旅の良い思いでの写真が数多く残っています。もちろんウィーン国立歌劇場でも、過去に何度も記念写真をとっています。

 客もまばらになり、仲間に声を掛けて撮影しようとすると、近くに居た二十歳代と思われる女の係員が口汚くわめき出しました。終演に合わせて来てもらった我々の添乗員の方を見たら「ビデオ・カメラをみて喚き散らすんです」・・・と困惑した表情(ハイビジョン・カメラで撮影するように指示していました)。即座に「それでは写真にしよう!誰かカメラ貸して!?」と写真撮影に切り替えました。これでコレ以上何事もなく記念撮影を終えたのですが、その間にも「階段の2段目より前に行け!」などど喚いておりました。

 この女は何か<人生>と<社会>を大きく「勘違い」していて、未だそれに気づいていないのでしょう。先ず「育ちが悪い」(=つまり、幼児期に親の愛情を十分に受けないまま育ってしまった)、そこで本来「頭の良い子ども」は、相手を見て<立ち回り>を考える<策略家>に成長します。<庇護>を得られない事への防御策として身につけた性格だと言えます。彼女も上司に対しては上手く立ち回っているのでしょう。

 しかし、オーストリアを代表する「音楽」の、表看板とも言えるウィーン国立歌劇場の正面階段で、この醜態をさらけ出すことがどれだけ国にマイナスイメージを与えることか!!歌劇場に忠告を与えるのが、親切なのかもしれませんね。
<アムシュタインホーフ教会の内部>
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by jmc_music2001jp | 2016-06-04 00:41 | 音楽企画制作
 23日は夕方まで自由散策。ウィーン市内の建築物の調査を行う建築家と、観光馬車に乗ってウィーン市内を巡ることにした各1名を除いて、他のメンバーはハイリゲンシュタットの『ベートーベンの散歩道』を散策するコースに。一部の人は30分早く出発して、オットーワーグナーの建築を数カ所見学した後に、ショッテントゥアーの電停で待ち合わせて、合流いたしました。

 当日は月曜日で市内の観光施設の大半は休館日。わずかにベルベデーレが開館しているので、散歩道の後でベルベデーレに立ち寄って<クリムト>の作品を鑑賞することにいたしました。ハイリゲンシュタットの深い森の中を散策、小川のせせらぎの音、力強い野鳥の鳴き声、梢の葉をゆらす風、散歩道に揺らめく木漏れ日....ハイリゲンシュタットの森の空気を胸の奥深くまで吸い込んで、身体の奥の奥から満たされる想いがいたしました。

 夜はウィーン国立歌劇場でベルディ「椿姫」を鑑賞。主演は現在世界No.1の注目をあつめる、ソプラノのアンナ・ネトレプコ。予想外の驚きだったのは、お父さんにプラシド・ドミンゴが出演していた事。本来テノールであるドミンゴですから、声質はバリトンでは無いのですが、流石の名優の表現力に、お客さんは大喜びです。私のすぐ後ろの席に四国から「ドミンゴの追っかけ」をしていると言うご夫人が居て、休憩時間に興奮して話をなさっていました(....<ドミンゴの追っかけ>ネェ....この情熱を日本の音楽家の為に注いでくれたらネェ....心に中でツブヤイテおりました....)。

 舞台はネトレプコの歌唱力が起爆剤となって、凄まじいほどの圧倒的な演奏となりました。劇場の全て、歌手もオーケストラも指揮者も演出から照明・舞台装置に至るまでが一丸となって、まるで奈落の底のブラックホールに飲み込まれるがごとき凄まじい演奏です。これがヨーロッパの本当の一流がなせる技で、『ヨーロッパの本当価値』がここに在ると断言して良いでしょう。

 終演後はオペラ座の隣の王宮の植物園にあるレストランで、白ワインとカルテ・シュパイゼで簡単な夕食でしたが、ここの料理の味覚にある種の格調の高さが感じられて、印象に残りました。食事中に突然の雨!タクシーを呼んでもらってシュテファン教会裏のホテルまで運んでもらうと言う、ハプニング付きの一日でした。
<ベートーベンの散歩道にて>
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by jmc_music2001jp | 2016-06-03 01:19 | 音楽企画制作
 22日(日)は空路ウィーンへ。到着するとその足で昼食会場<グリーンヒェンバイスル>へ移動。ここは最も古く(ローマ時代)から開けた地域で、このレストランもウィーンで最も古い歴史を持つレストランです。前回のウィーン訪問で、お料理が非常に良かったので、今回の昼食会場に選びました。

 ここには<サインの間>と言う部屋があって、モーツアルトやベートーベンのサインも残されています。前回の訪問では遠慮して、見学が出来なかったので、今回は最初から<サインの間>に予約を入れてもらいました。モーツアルトやベートーベンと言うと、我々にとっては『聖地巡礼』のような気分で訪れるのですが、行ってみると元ヅカ・ガールや時代劇の俳優、さらには華道家などがサインしていて、日本で有名ではあるけれど何やら(イヤラシい)売名行為の臭いがして、少々失望いたしました。

 食後はシェーンブルン宮殿へ。宮殿内を見学する人をバスに残して、横の入り口から庭園に入りました。園内を散歩しながら、右折して坂道を登ります。頂上に着くと、右眼下に庭園と宮殿が見下ろせ、ここのカフェで休憩いたしました。ここでアイス・カフェを注文したのですが、これがトンデモナイ代物で、“どろん”とした生温いコーヒーに生クリームがテンコ盛り、よく探してみるとアイスクリームが浮かんでいたと言うものです。いったい『何』をしたいのか・・・全く伝わってこない。ほっておいても世界中から観光客が集まるシェーンブルン宮殿ではありますが、こんな考えで生きている人が多い国であったなら・・・将来は暗いな・・・と思いました。

 この後、シューベルトの生家を訪れ、夕食はハイドンのパトロンであったエステルハージ公爵の末裔の経営するエステルハージ・ケラーへ。ここも前回の訪問で食事が非常に美味しかった酒場です。ここでは我々が直接料理をチョイスし、日本人の舌にあったものを選びます。。期待に違わず非常に満足のゆく食事でした。

 宿舎はシュテファン教会すぐ裏手。モーツアルトの<フィガロ・ハウス>も道一本の裏手にあり、シューベルトが“のんだくれ”ていた酒場もすぐそばです。そんな環境の中、ウィーンの初日を心地良く眠ることができました。
<丘の上から見下ろすシェーンブルン宮殿>
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by jmc_music2001jp | 2016-06-01 02:08 | 音楽企画制作