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クラシック音楽、jmc音楽教室、音楽企画制作、音楽普及活動、青少年健全育成、メールはjmc2001jp@gmail.com宛


by jmc_music2001jp
 Tom-netは日本のクラシック音楽の振興に寄与することを主旨として立ち上げ、様々な普及・振興プランを持っています。その一つが『お母さんと幼児の為の楽典』です。

 幼児がお稽古事を始める時、最初の<つまずき>が「音楽のルール」=「楽典」のお勉強です。実技の先生に取っても大変厄介な作業で、幼児の理解は遅々として進みません。

 そこで我々が準備したのが、<お母さんと幼児>が<お遊び>を通して自然と楽典の知識が身についてゆく・・・と言う教材の開発です。幼児にとってお母さんと<遊ぶ>のが一番嬉しく・楽しいこと。そこで、お母さんに<幼児と遊ぶ>材料を提供し、遊び方を指導する・・と言う考えでした。そうすれば、実技を指導する先生への大きな助けともなるでしょう。これが日本のクラシック音楽の振興の一助となればと思って取り組みました。

 上下巻で合計42章の教材を準備しました。幼児の集中力は15分くらいが平均値でしょうか。1章15分から20分程度を考えています。これをYouTubeに投稿して、いつでも誰でも見れるようにしておけば、振興の方策としては上々であろうと考えて、収録にチャレンジ....ところが!

 収録してみると、私の<話し方>がとってもバット!発音は不明瞭だわ、カムわで散々です!「だぁ〜ァメダ、こりゃ〜!」....見事に挫折でした。気軽に語れる方策を見つけなくてはなりませんねぇ。ユーチューバーで、弁当食べたり酒飲んだりしながら進行している人がいますが、アレもアノ人の<スタイル>なんでしょうね。


# by jmc_music2001jp | 2021-06-01 20:10

Face book 昔の投稿

 幻の巨匠セルジュ・チェリビダッケは僅かにNHKFMのシュトゥットガルト放送管弦楽団の放送によってのみ知ることのできる幻の指揮者でした。


 初来日は1977年、読売日本交響楽団の招聘によるものです。翌年も再度来日、一斎の無駄を省き『音楽そのもの』だけを示す姿勢は徹底したものでした。この折の2回の講習会に参加し、多くの《学び》をいただきました。


 ウィーンのO.スイートナーのクラスで、ベートーベンの「田園」を課題に取り上げました。スイートナーが指先で机を叩きながら<農民の踊り>のメロディーを歌った時、彼の『手首のリズム』を見て衝撃を受けました。「このリズム感は我々日本人には無い!!」


 それ以来、我々日本人の目指す方向はチェリビダッケのような、国も民族も歴史も排除し、純粋な『音楽』そのものを追求する・・・と言う方向しか無いのではないか?と思うようになりました。民族の歴史や習慣などの衣をまっとっていては、本場に叶うわけはありません。



大畑 惠三

2019520


<ブカレストのチェリビダッケ>

 YouTubeEnescuRoumanian Rhapsody No. 1を聴いた。1978年の白黒映像。チェリビダッケの面目躍如と言った名演奏。音楽が生き物のように躍動している。チェリビダッケの表情の豊かさや「シリ振りダンス」も懐かしい、今にもソコに彼が生きているようにさえ感じられた。

 その後、ヤンソンスの1994年のWaldbuneの演奏(ベルリン・フィル)で同曲を聴いてみた・・・一体この<違い>は何だろう???・・・考え込んでしまった。

 ベルリンフィルのメンバーは「自分は演奏家」と自覚していて、今は「本番」・・だから「演奏する」。「俺はプロ」・・だからその演奏家としての務めを果たす。ヤンソンスは「この曲は楽しそうな曲」と思っているラシイ....

 チェリビダッケとは一体ドコが違うのだろう?祭りの広場の周辺の空気、囀る鳥の声、音楽が始まり、男女が登場し踊りが始まる...精一杯の輪舞・ステップ・次々と繰り出す踊り手・・音楽のエネルギーと踊り手の運動のエネルギーが一体化する。踊ることの原点、生命その物のダンス・輪舞...

 つまりは指揮者の<心の焦点>がどこに結ばれているかの違いなのではないだろうか・・・顕微鏡でつまみを回して観ていると<焦点距離>の変化に連れて様々異なる物が見えてくる。つまりは<同じ楽譜>を観ていても、<心の焦点>をどこに結ぶかで異なる音楽が見えてくるのだ。


# by jmc_music2001jp | 2021-05-20 20:19

Face book 昔の投稿

 幻の巨匠セルジュ・チェリビダッケは僅かにNHKFMのシュトゥットガルト放送管弦楽団の放送によってのみ知ることのできる幻の指揮者でした。


 初来日は1977年、読売日本交響楽団の招聘によるものです。翌年も再度来日、一斎の無駄を省き『音楽そのもの』だけを示す姿勢は徹底したものでした。この折の2回の講習会に参加し、多くの《学び》をいただきました。


 ウィーンのO.スイートナーのクラスで、ベートーベンの「田園」を課題に取り上げました。スイートナーが指先で机を叩きながら<農民の踊り>のメロディーを歌った時、彼の『手首のリズム』を見て衝撃を受けました。「このリズム感は我々日本人には無い!!」


 それ以来、我々日本人の目指す方向はチェリビダッケのような、国も民族も歴史も排除し、純粋な『音楽』そのものを追求する・・・と言う方向しか無いのではないか?と思うようになりました。民族の歴史や習慣などの衣をまっとっていては、本場に叶うわけはありません。



大畑 惠三

2019520


<ブカレストのチェリビダッケ>

 YouTubeEnescuRoumanian Rhapsody No. 1を聴いた。1978年の白黒映像。チェリビダッケの面目躍如と言った名演奏。音楽が生き物のように躍動している。チェリビダッケの表情の豊かさや「シリ振りダンス」も懐かしい、今にもソコに彼が生きているようにさえ感じられた。

 その後、ヤンソンスの1994年のWaldbuneの演奏(ベルリン・フィル)で同曲を聴いてみた・・・一体この<違い>は何だろう???・・・考え込んでしまった。

 ベルリンフィルのメンバーは「自分は演奏家」と自覚していて、今は「本番」・・だから「演奏する」。「俺はプロ」・・だからその演奏家としての務めを果たす。ヤンソンスは「この曲は楽しそうな曲」と思っているラシイ....

 チェリビダッケとは一体ドコが違うのだろう?祭りの広場の周辺の空気、囀る鳥の声、音楽が始まり、男女が登場し踊りが始まる...精一杯の輪舞・ステップ・次々と繰り出す踊り手・・音楽のエネルギーと踊り手の運動のエネルギーが一体化する。踊ることの原点、生命その物のダンス・輪舞...

 つまりは指揮者の<心の焦点>がどこに結ばれているかの違いなのではないだろうか・・・顕微鏡でつまみを回して観ていると<焦点距離>の変化に連れて様々異なる物が見えてくる。つまりは<同じ楽譜>を観ていても、<心の焦点>をどこに結ぶかで異なる音楽が見えてくるのだ。


# by jmc_music2001jp | 2021-05-20 20:19

2年前の投稿

2021.5.18


 2年前の投稿です。ウィーン留学から40年、秋山和慶氏と恩師・斎藤秀雄の遺志を継承する事業をと話し合いを始めてから16年、今年43日にTohsai Music Networkを立ち上げました。

 これから皆さんのお役に立てることを願いつつ、一つひとつ仕組みを作り上げて行きます。


2019518

<所長の独り言-「令和」6

 jmc音楽研究所は全国の音楽家の教授活動の支援につながるインターネット上の仕組みの構築を目指しています。<生徒募集><アンサンブル講師紹介><特別レッスン講師紹介><楽典学習支援><聴音学習支援>等々の仕組みです。全国の音楽教師の方々のニーズを繋げ、全体の教育成果を高めるのが目的です。

 我々は30年以上音楽教室を経営してまいりましたが、例えば<聴音>などのレッスンを専門的に受講する生徒の数は減少傾向にあると思います。昔ほど専門的な内容まで踏み込んで学習する生徒は少なくなり、色々のお稽古事を広く浅く・・・という傾向にあるように見受けられます。


 優れた人材を育成したいと願う我々としては、どのような状況にあっても(可能な限り)十分な教育環境を提供しておかなくてはならないと言う立場であることには変わりはありません。桐朋学園や東京芸大のように頂上を育成する機関はその役目を十二分に果たしていただければ良いわけではありますが、その裾野の広がりと内容の充実に脆弱性があれば、その成果にも大きな影響があることは自明です。この部分の欠落を少しでも埋め合わせておきたいそう言う思いです。


# by jmc_music2001jp | 2021-05-18 13:25
下記の投稿への認識を踏まえて16年前から通り組んできたプランを実行に移したのが、4月3日に発足したTohsai Music Network(東西音楽ネットワーク)(Tom-net)です。

 16年前(2005年)、来るべき時代を予見して音楽電子書籍の開発に取り組みました。2005年6月までは福岡東ロータリ・クラブの会長を務めていて、次期会長を指名して後の1年間は<直前会長>の務めを果たさなくてはなりません。2006年7月にロータリークラブを退会して、以後丸一年間<徹夜>の連続で開発に取り組みました。

 2007年9月に電子書籍『楽典<入門>』を完成させました。アップルがi Padを発表して世界的な電子書籍ブームを巻き起こしたのが2010年ですから、我々jmcは3年先行して開発に成功したわけです。

 以後、<動画>を組み込んだ電子書籍の開発を終えて、一度<お蔵入り>させて、次の段階のインターネット環境の技術研究に進んだわけです。<クラウド>の研究も4年間に渡って行ったのですが、システムエンジニアのスキルを獲得しておかなくては取り組みが不可能であることを見極めて、既存のインターネット技術のレベルでの対応に切り替えました。

 16年間、指揮者の秋山和慶氏と話し合いを続け、研究・修正を重ねてきた計画です。21世紀の日本のお役に立てるようなシステムに組み上げることが、恩師『斎藤秀雄』(愛称:トーサイ)の遺志に叶うものであり、『恩返し』に繋がるものだと考えています。

<大畑 惠三>
2019年5月14日
<所長の独り言-「令和」3>
 近年の日本を振り返ってみると、高度成長期の<お稽古事>といえばピアノ・ヴァイオリンでした。更に高度成長期以後には全国に数多くの音楽大学・短期大学が創立されました。

 しかし今日、<お稽古事>は多様化しその選択肢は増えている。その上<少子化>の問題は益々深刻の度を増し、クラシック音楽を学ぶ子供数の「分母」そのものが小さくなっています。一方で音楽大学への入学希望者は減少し、学校経営の経済的基盤が脆弱化しています。今後、校舎の維持費・人件費を賄うだけの学生の確保は困難になるのではないかと思われます。

 21世紀の世界は<インターネット>により大きく変貌を遂げようとしています。微小なランニングコストで社会の事象と事象を容易につなげ、従来では考えられない程の大きな変化を引き起こしています。この<インターネット><SNS>を十二分に活用することで、21世紀の<日本音楽界>に<新たな潮流>を生み出さなくてはなりません。jmc音楽研究所が今正に取り組もうとしているのがこれらの事業です。

# by jmc_music2001jp | 2021-05-14 11:13