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by jmc_music2001jp

日本の匠

 今日は私にとっての“記念日”だったので、お気に入りのビールを飲みに市内のホテルに出かけた。ここのビールは私にとっては国内で唯一“ビールらしいビール”と言えるもので、(私にとっては)日本国内でダントツの地位をしめる生ビールである。

 ビールの本場と言えるドイツ・チェコ・オーストリアで美味いビールを知っているが、ココのビールはそれ等のレベルと同等にランク付けられる(私の知る限り)国内唯一のビールだと思っている。

 今日の記念日をそこのビールで祝ったわけだが、当日のビールをサービスしてくれたのは、そのビールの醸造に関わっている人であった。お客様の声を直接聞くために、時々フロアーでのサービスにも従事するとの事。

 私は思うのだ、結局のところ、これまでの日本を支え発展させてくれたのは、自らの職業を愛し人生の全精力をその職務に捧げようとした『匠』たちの力では無かったろうか・・・と。

 今、危機的状況にある福島原発に現場で立ち向かっている<自衛隊><警察><消防><東電関係者>の方々も、国を愛し自らの職務を愛しているからこそ、その職務に生命を賭して携わっているのだと思う。本当に頭が下がる。

 世の中には二種類の人間が存在するのではないだろうか。前述のように、自らの職業を愛し、人生の全精力を賭してその職務を全うしようとする『匠』と呼ぶべき人達と、状況のバランスを読み、自らに利する方向を判断して行動する人間と・・・。

 今現在、円買いに走っている投機筋などが、その最たる例と言えるだろう。そのタイプの人間は、それらの行為を「頭がいい」判断と行動だと言う。調整型の人間もそうかも知れない。自分の信念に準ずるのではなく、人間関係のバランスを判断して、自分に利する方向に行動の舵を切る。

 この二種類の人間で構成される社会を生きてゆくことは、簡単なことでは無い。そのような社会を逞しく生きてゆかねばならないのだが、私自身は『匠』達の生き様を愛する。今日のブルワリーの青年も、そのような一人であった。
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by jmc_music2001jp | 2011-03-19 02:12 | 芸術随想