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by jmc_music2001jp

博多ン流儀?

 松本龍復興担当相が、就任僅か9日で辞職したことが話題になっている。ここで“政治”に関連してコメントするつもりは全く無いが、問題の発端となった二つの県庁(たぶん知事室)での発言を、私も見た。そして『モロ、博多やなぁ〜』と思わずつぶやいた。

 私の父は戦前の大阪育ち、母は高知出身で結婚後は大阪に住んでいた。私は戦後生まれで、幼稚園に上がる前に、疎開先の高知から福岡に移り住んでいる。私は福岡育ちではあるが、我が家の会話の中心は<関西弁>と、時折母の口から出る<高知弁>。我が家の中に土地言葉の<博多弁>が飛び交うことはなかった。

 そんな家庭環境に育った私は、高校を福岡県立福岡高等学校に進学した。福岡はその昔、武士が住む<福岡>と商人が住む<博多>に大きく区分されていた。私の高校は、博多商人の住む、最も博多らしい情緒が色濃く残った地域に、百年近い歴史を刻んでいるような学校だった。そこに迷い込んだ<よそ者>の私は、何とも言えぬ“空気”や“雰囲気”や“風習”の違いに、内心戸惑いを覚えていた。

 永く、その違和感の原因が分らないままで居たが・・・今は分る。丁度この時期、博多の街は《山笠》一色で染め上げられる。15日未明の『追い山』に向けて、徐々に徐々に、一刻一刻と緊張の度を高めてゆき、山笠本番<追い山>の日には、市内七つの町内の<かき山>が、重量1トン・全長5キロのコースを総勢500人の<かき手>が入れ替わり担ぎ上げながら、そのタイムを競うのである。

 車が付いている訳では無い《丸々重量1トン》を、総勢500人が協力しつつ、全長5キロを走り抜けるのである。これを集団として成功させ、1秒でもタイムをつづめようとすると、その集団には自然と強烈な文化や伝統が醸し出される事になる。これが年々積もってゆけば、“博多ん者”(はかたんもん)の気質が自然に姿を現してくるのである。

 「おうまん」(細かいことは気にしない)な性格。「ごちゃごちゃ言いなんな」(ごちゃごちゃ細かい事は言うなよ)。「長幼の序」をきちんとする。そして、相手のことを想いやる深く細やかな心。(色々ごちゃごちゃ在っても)<博多手一本>で締めたら、後は一切を忘れる・・・等々、様々な仕来り・伝統となり、文化となって深く根付いている。

 博多の人は一度「何かをやる」と決めると、集まって来て<ドゥアーッ>っとやってのける。終わったら引きずらずに<シャンシャン>と手一本いれて全てを忘れる・・・・・そんな風です、博多の人は。

 重量1トンの<山>は、ごちゃごちゃ言ってたら上がりませんヨ。胸襟を開き、お互いを感じ合い、本気にならなくては上がりません。だから共に<山>を担ごうとする者同士は、いきなり胸襟を開くものだから。端で見ていると、かなり荒っぽい言葉使いになってしまったりもする。それはソレだけ『俺は本気なんだよ』と言う気持ちの現れと言えるのではないだろうか。

 松本龍前復興担当相が「俺は九州だから東北のどこに何市があるか知らん」「本気で考えるヤツだけに、本気で応える」「客人に対する礼儀は守るべき」・・・等々の発言があったようだが、あれは「博多んモンの私としては、本気になってこの未曾有の東日本大震災の復興に取り組む覚悟だ。互いに本気で取り組もう」・・・と言うところを、モロ<博多スタイル>でやってしまった。彼が本気であればある程、<博多気質>で育った彼には<博多ん流儀>で語るのが正直であり、決意が伝わる・・・と思ったのだろう。

 テレビで見た全国の視聴者は、そんな博多の事情など知る由もない。もちろん東北の政治家も・・・かくして「暴言」により、任期9日での辞任となってしまった。東日本大震災復興は、1トンの<山>を人力で担ぐより更に大変な作業だと言う事は、重々分っていたであろう。それだけに本心の本気から、覚悟を決めてのスタートであったに違い無い。しかし、その『表出』のあり方が、「空」を切ってしまった。

 

 
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by jmc_music2001jp | 2011-07-06 16:34 | 芸術随想