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by jmc_music2001jp

ノルディックウォーク「大野城」

 私の住む大野城市は、古代日本の大陸文化への玄関口であった『太宰府』に隣接します。今日のノルディックウォークは「大野城」が築かれた四王寺山の頂上です。車を山の中腹に駐車し、ウォーキングを始めたのは4時15分でした。

 『日本書紀』によりますと、663年、倭(日本)の百済復興軍は朝鮮半島の<白村江の戦い>に大敗します。天智天皇は唐・新羅連合軍からの国防施設の建設を決断、664年太宰府防衛の為の『水城』を築き、防人(さきもり)を配置しました。『水城』の堤防の南1Km(画面左側)には『太宰府政庁』が置かれていました。
<画像センターよりやや左側、手前の四王寺山から向かいの背振山の麓まで防衛施設『水城』を築いた>
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 翌 665年には四王寺山に日本初の朝鮮式山城『大野城』を建設いたしました。この山頂から防人が博多湾を監視。<白村江の戦い>の敗戦から2年で、『水城』『大野城』という2大プロジェクトをなしとげたのですから、当時の国防への危機感が伝わってきます。
<朝鮮式山城『大野城』から博多湾を望む>
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 山頂までは遊歩道の中に階段が設けられてはいるものの、それはモウ急な階段です。15分程休みなく登り続け、稜線に出ると右に270mの表示。山の稜線に沿って登りますが、これがかなりの急登もあり距離も長く感じました。4時45分に頂上にたどり着きました。頂上には毘沙門天(戦の神様)を祀る『毘沙門堂』。<手水>の水は氷り、あたりには数日前の雪が残っていました。
<四王寺山頂の『毘沙門堂』>
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 すでに夕方の気配が漂い、陽は西の山に傾いています。来た山道を返し帰路につくと、背振山に傾く太陽が冬の夕暮れを告げていました。薄暗くなりつつある山道を降ります。急な斜面に積もった落ち葉に足を取られそうになりながら、帰路を急ぎました。
<背振山に傾く冬の太陽>
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 どうやら左に折れる目印を見落としたらしく、稜線の道はそのまま降って行きます。内心少々の不安も感じながら降って行きました。かなり降って、右下に舗装道路が見えてきました。「そこに降りればなんとかなるだろう」と進むと、最後はかなり急な崖になっていて、真剣な面持ちで木の幹につかまりながら道路に降り立ちました。

 舗装道路をしばらく下ると、私の車を発見。車中に準備しておいた暖かいコーヒーを飲んでホッと一息、1時間15分のノルディックウォークの終了です。右足の膝の外側にわずかな痛みを感じる、これまでで一番ハードなウォーキングでした。
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by jmc_music2001jp | 2017-12-14 02:09