クラシック音楽、jmc音楽教室、音楽企画制作、音楽普及活動、青少年健全育成、メールはkeizo@ohata.name宛


by jmc_music2001jp

これからの取り組み

 音楽の専門家への入門としても、学校での音楽の授業や吹奏楽・合唱の為にも役に立つ、広範な音楽基礎教育プログラムを考案してみたい....と考えています。

 「歌う」行為は全ての音楽行為(演奏)の根本に深く結びつく重要なポイントですが、幼稚園・小学校でも「如何に身体を使うか」について教えられず、「歌」その物にさえ苦労させられているのが現状。この点だけでも非常に多くの人の役に立てるでしょう。

 又、演奏は勿論のこと「全ての人間の行為」にとって(無駄な)<力を抜く>ことが大きなポイントですが、非常に多くの人が教えられないままに「要らぬ苦労」を抱えています。

 これらをアンサンブルのグループ・レッスンの中に取り込んで、教育プログラムとして活用する。

 ピアノ・歌唱・リコーダー・ピアニカ・管楽器・弦楽器・打楽器・指揮法に繋がる音楽基礎教育プログラムとして編成してみたい。これは現在まで学び・実践してきた音楽の知識の集大成につながるものだと考えています。
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# by jmc_music2001jp | 2018-07-19 22:33
 スペインとフランスに跨るバスク地方は、今や世界一の美食の街と称されています。何しろミシュランの星付きレストランが面積当たりの数で世界一らしい。サンセバスチャンやサン・ジャン・ド・リュズのバル文化とも呼べる飲食店の数は他に類を見ないものだし、そこで供されるピンチョスの味と種類と量には圧倒される。

 サンセバスチャンのバル巡りの翌日、市内観光に出かけた。コンチャ湾の岬の反対側が旧市街で、湾のそばからバルが沢山あって、昨晩はそこを巡り歩いた次第。旧市街の外れ、湾に接して<美食クラブ>を発見、中を見学させてもらった。立派な厨房が備えられ、茶色のテーブルに長椅子、アップライトピアノに合わせて歌い、ワイワイと仲間同士の親睦を深めるのだそうだ。こんな街だからバルのピンチョスにマズイものは出せない、マズかったらスグに潰れるらしい。

 フランス・バスクではサン・ジャン・ド・リュズで昼食・市内観光・買い物を楽しんだ後に、内陸部のアイノア村(山バスク)に移動し、ミシュラン1つ星を獲得(2018年)したオーベルジュに向かいました。夕刻5時30分から第115回jmc音楽サロンを開催、シャンパンで乾杯をした後、メンバー全員で今回の旅への印象や感想を語り合いました。それぞれにとって忘れがたい旅となったようで、お話を聞いていて嬉しく感じました。

 6時30分から夕食です。今まで味わったことの無い〝目眩く美食の世界〟を堪能いたしました。フランス料理・中華料理・日本料理・イタリア料理・・・世界の国には様々な料理がありますが、<バスク料理>と言うものが存在する・・この発見が今回の旅で最も強く印象に残る体験でした。

 シャルルドゴールの乗り換えで、一人が関空行きの便を使用。全員で記念写真を撮って、我々は成田行きに搭乗しました。成田到着後は4名の関東組に別れを告げて、一路福岡空港へ。12時10分、福岡空港に到着、無事に帰国することができました。
<食後のデザート、どれもこれも強く印象に残るもの。シャルルドゴールの乗り換えで全員の記念写真>
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# by jmc_music2001jp | 2018-07-18 15:58
 日本の美意識が芽生えたのは何時であったか・・と振り返ってみると、おそらく平安時代の貴族文化を起源とするのではないだろうか?「雅」で「繊細」な美意識は、日本人の精神と響きあい世界独特の精神文化を形成していると思う。

 一方、フランスのエスプリも、音楽に味覚にファッションにと、異彩を放ち輝いている。この独特の美意識はどこからやってきたのか?永く疑問であった。しかし、今回バスク地方を訪れて、この精神文化の由来はバスク地方にあるのではないか?・・・今、そんな想いに駆られている。

 サン・ジャン・ド・リュズ(フランス・バスク)はルイ14世(太陽王)が結婚式を執り行った場所である。今回その教会も訪れた。代表的フランス菓子の一つ<マカロン>も、「オールド・マカロン」として現在も一子相伝としてココで作られている。現在も「オールド・マカロン」を作る時は、店を閉めて製作し、レシピの秘密が守られているらしい。「オールド・マカロン」は濃いめに抽出したコーヒーでいただくと、まさに「フランス菓子」!。フランス菓子のルーツをはっきりと確認することができる。この「オールド・マカロン」はルイ14世の結婚式の<引き出物>として納められたお菓子なのだ。

 バスク地方はブルボン王朝時代、貴族達の避暑地として賑わい、そこから自然と<美食>の文化が育ち、現在に繋がっている。サン・セバスチャン(スペイン・バスク)で我々が宿泊したホテルは、もともと岬の山頂に世界最古の<遊園地>が作られた場所で、貴族達が遊ぶ目的で作った遊園地なのだ。

 ホテルの玄関を出て左側に岬の裏側に向かうと、ものの3分程で遊園地がある。本当に面白いと思ったのは、規模こそ小さいけれど現代の遊園地の遊具の(ほぼ)全ての要素の原型が、すでに存在している事。そこで我々は<世界最古の木製ジェットコースター>にチャレンジした。粗末な木製で、脇に頼りないチェーンが1本付いているだけの<木製ジェットコースター>。頼りない鉄製握り手を左手で掴み、右手はハイビジョン・ビデオ・カメラを構えて、最前列に乗り込んだ。線路はこれ又頼りないコンクリートに埋め込まれた鉄のレール.....。最後はコンチャ湾に飛び込むかのようになだれ落ち、真っ暗なトンネルに突入する!基本の筋立てはすでに元祖ジェットコースターで完成されていたのだ!これらが、今から300年前にあったことに驚かされる。

 旅の7日目、フランス・バスクのサン・ジャン・ド・リュズを訪れて、新たな驚きを覚えた!街中が何とも<オシャレ>なのだ!我々が<フランス>を感じる<オシャレ>感覚、それが妖精のように街中を漂っている!!まず、<建物>が他の街とは異なる。石を積み上げたものでは無く、木で組み立てられた建築物。しかもそれぞれが個性を発揮しながら、街の雰囲気を醸し出している。まるでフランスの曲をフランスのオーケストラで聴いているような印象を覚える。ラベルの曲をパリ音楽院管弦楽団の演奏で聴いているように感じられるのだ。

 この地にはラベルの生家が残っていて、その家の前まで訪れたが、この日はかなりの激しい雨に見舞われてしまった。ラベルが生まれて長い時期を過ごした訳ではないけれど、後年大人になてからは、創作のために毎年サン・ジャン・ド・リュズに滞在している。又、ラベルは大変な美食家であったとも聞いている。今回、昼食にいただいた<豚肉のクリームソース煮>は大変に美味で、満腹であったにも関わらず完食してしまった。(今回は「美食の旅」では無く「過食の旅」ではなかったか....誰かの感想だが....同感する)。
<岬の頂上の宿泊ホテル、背後の塔は「鯨の見張り台」。世界最古の木製ジェットコースター!>
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# by jmc_music2001jp | 2018-07-12 21:37
 6日目、ビルバオ近郊のビスカヤ橋へ向かいました。この一帯はその昔、海運や貿易で非常に栄えた街とガイドより説明を受けたのですが、それも「非常に儲けた」だろうとと言うのが我々の共通の認識でした・・・残されている建物のグレードが異常に高い。他の街でこれほどに質の高い建物ばかりが建っているのを見たこともありません。どう見てもお金が掛かっているし、しかも華美や豪華さを競うのではなく、非常に知的で落ち着いている。<地に足がついている>感が半端ない印象を与えます。

 一体何故なのか?理由は解りませんが、ただ事でないことは事実のように感じられました(私だけではなく、メンバー全員の感想です)。港にかけられたビスカヤ橋は両岸に非常に高く組み上げられた鉄塔が湾を跨ぎ、そこから吊るされたワイヤーを引いて、艀を対岸まで引っ張ります。湾を往復し終えると「鉄塔の上を歩こう!」と、話がエスカレートしました。

 何故これほど鉄塔が高いかと言うと、「昔の帆船がその下をスムースに通過できるように」との説明に<成る程!!>と納得。非常に高いので「ビビる」かなと思っていましたが、金網が二重になっていて不安を感じることはありませんでした。それでも参加者は非常に<はしゃいで>弾けていました。

 昼食はバスク名物の<カレイのニンニク・オリーブ焼き>をいただくのに、オーベルジュのレストランにバスで移動。当日は日曜日で本来はお休みだったそうですが、我々のために特別にオープン。非常に親しみやすく親切で、家庭的な雰囲気のレストランでした。フランスの田舎の<いい人に出会った>思いがいたします。

 昼食後はサンセバスチャンに移動。美しい海辺のリゾート地を車窓に、夕暮れ近くの山道を登り、岬の山頂にあるホテルへと向かいました。5星の素晴らしいホテル!眼下に大西洋の水平線と、コンチャ湾の絶景が広がります。この旅で最高に贅沢な風景に大満足!(この夜景を見ながら、シャンパンと生ハム!これに限ると、心中密かに心を決めました)。

 この辺りはよくお天気が変わり、小雨に見舞われます。夕食にバル巡りに出かけましたが、雨。それでも皆んなはバルをハシゴしたようです。私はと言えば、酒が入手できる店を探してウロウロ・・・ついにシャンパンと生ハムを見つけて購入。一軒もバル巡りをしないまま、<シャンパンと夜景>を想像して<ほくそ笑んで>おりました。

 ホテルに着くと、まず入浴。バスローブに着替えて、テラスのテーブルにシャンパンと生ハムを用意して、「いざ!ゴージャスな夜景に、シャンパンで乾杯!」して、思う存分に楽しみました。
<ビスカヤ橋の上を歩く。サンセバスチャンのホテルから、コンチャ湾の絶景>
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# by jmc_music2001jp | 2018-07-09 22:25
 5日目、午前中にバチカン市国観光を済ませると、空港へ移動。14時45分発の飛行機でスペイン・ビルバオに向かいました。所要時間2時間25分でビルバオ空港に到着。グッゲンハイム美術館へと専用バスで移動します。

 ニューヨークのMOMAと姉妹館となるこの美術館は、現代美術のための美術館です。ビルバオはかつて鉄鋼や造船で非常に栄えた都市。時代の流れに産業が廃れてしまった街でしたが、グッゲンハイム美術館で息を吹き返したと言う事です。感心したのは、現代美術の美術館でありながら<黒字経営>らしい。やり方一つで、町興しにもなった上に、自らは<黒字経営>!素敵ではありませんか!「土木工事」と「談合」を繰り返すしか能のない何処かの行政も考え直す必要があるのではないでしょうか?<世界的>なものを一つ作るだけでその都市を復興させて、しかも<黒字経営>で財政的負担をかけることも無い・・・もう日本もこのような段階にレベルアップしても良い時期だと思います。美術館では「シャガール特別展」が開催されていて、代表作も2点ほどあり、思わぬプレゼントをいただきました。

 ホテルにチェックインした後は、バスで旧市街に移動、バル巡りを楽しみました。広い中庭を囲んだ周りの建物は、すべてバル。美味しそうなピンチョスを選んでは、ワインやビールを楽しみました。バルの数の多さや、繰り出した沢山の市民に紛れてのバル巡りは、人生初めての大変興味深い体験でした。遅い時間まで子供達も中庭で遊んでいます・・スペインですねぇ!
<グッゲンハイム美術館前で>
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# by jmc_music2001jp | 2018-07-07 21:02
 “フィレンツェ”今回25年振りに訪れました。第1回の<jmc欧州音楽の旅>で訪問して以来のことです。留学中に一度訪れているので、今回で3回目でしょうか。何度訪れても心踊る街です。

 25年振りの今回、特別な想いにとらわれました。西洋の美術史において、教会の果たした役割は計り知れません。音楽においても、先ずは祈りと共に教会内で産声をあげています。教会では「聖画」と言われるジャンルで聖書の物語が絵画として描かれてきました。これには多くの「字が読めない人々」に、聖書の内容を解りやすく伝えるための手段としての<実用的な側面>があったのです。

 中世の暗黒時代を経て<ルネッサンス>(文芸復興)期に入った頃、人類は初めて『美しさ』と言うものの存在に気付いたのではないかと思われます。ボッチチェリもラファエロもミケランジェロもダビンチも.....その『美しさ』への気づきを、彫刻や絵画に表現しようとした....「ヴィーナス」「ピエタ」「聖母子像」「モナ・リザ」。

 この『美しいもの』への気づきこそが、人類が『芸術』と言うジャンルを発見した発端ではないだろうか。それが<ルネッサンス>であり、<フィレンツェ>の人類史上の位置付けなのではないだろうか・・・そんな想いに捉われました。若し、バチカンから『美しさ』を取り除いたとしたら・・・世界中からあれほどの人を集める力は存在したでしょうか?

 ルネッサンス美術からビルバオのグッゲンハイム美術館を透視した時、そこに人類が発見した『芸術』と言う<創造活動>が観て取れます。そこに存在するのは『創造主の方程式の具現化』への精神の格闘の足跡に他なりません。『創造主の方程式』その典型が『美しい』と言うことなのでしょう。
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# by jmc_music2001jp | 2018-07-03 15:46
 旅の5日目はバチカン市国の観光。やはりココは絶対に外せない場所です。我々の旅の第1回目、25年前にも訪れています。25年で何が一番変わったかと言うと・・・観光客が驚異的に増加したことでしょうか。開場前から異常なほどの長蛇の列、一般の観光客は一体どれだけ待たされるのか?強い日差しの中で我慢強く行列を作っています。特に韓国人が多かったように思います。韓国はキリスト教の国と言っても良いほどですから、それは納得でした。ここでも中国人は見かけなかった.....。

 我々は予約済みの団体の列に並んで、一般よりははるかに早く入場できました。それでも1時間弱は行列に並んだと思います。館内に入ると、人・ヒト・ひとで大混雑です。良くもマア世界中からこれだけのヒトが集まったものだ!!「一体、何が世界中からこれだけのヒトを集める力となっているのだろうか??」・・・バチカンを巡りながら、ズッとこのコトが頭から離れませんでした。

 システーナ礼拝堂、人混みの中でミケランジェロを観ながらも、頭の片隅から<これだけのヒトを集めるモノは何なのか...?>が離れません。システーナ礼拝堂を出てからもこの想いにとらわれながら歩いて行くと.....サン・ピエトロ大聖堂に到着してしまいました。「あちゃー!やってモタぁ〜!!」集合ポイントをすっ飛ばしてしまったのです・・・主催者でありながら、私は時々<コーユー事>をやらかしてしまいます......。

 ミケランジェロのピエタは厚い防弾ガラスに阻まれて(昔のように)近くに寄って観ることができません。今回の収穫はラファエロの間(アテネの学堂)とシステーナ礼拝堂でしょう。システーナ礼拝堂を描くミケランジェロを覗き見たラファエロが、<コイツは凄いヤツだ>と言うことで、すでに完成した<アテネの学堂>の中央にミケランジェロを描き加えたと言う逸話も大変気に入りました。人類史上に残るほどの逸話・・・だと、私には感じられます。
<ラファエロの間「アテネの学堂」、システーナ礼拝堂「最後の審判」>
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# by jmc_music2001jp | 2018-07-01 15:54
 フィレンツェの2日目は、ピティ宮・パラティーナ画廊・ウフィツィ美術館などを巡りました。今回の最大の収穫はピティ宮のラファエロです。若くして亡くなったラファエロの絵画が、これほど沢山まとめて観られるとは思ってもいませんでした。とても幸せであったと思います。

 ウフィツィ美術館はフィレンツェの代名詞のような場所ですから、観光客の多さといったら<半端ない>数です・・・しかし、中国人にはトンとお目にかかることはありませんでした・・・中国人は<ルネッサンス美術>などには関心がないのでしょうね。

 この日も良く歩いて(約1万4千歩)午後にはホテルに帰着、夕方17時過ぎの特急列車でローマへと向かい、初日と同じホテルに再度チェックイン。預けたトランクを受け取って各自部屋へ。夜は、歩いて15分ほどの市内レストランに移動。海鮮料理が非常に美味しいレストランで、美味しいワインと相まって、全員が大満足で一日を締めくくりました。
<「ピティ宮」ラファエロの聖母子像>
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# by jmc_music2001jp | 2018-06-30 22:32
 初日のローマ探訪は午後2時にスペイン広場に到着、暑い日差しを受けながら1時間ほどを過ごしました。再び地下鉄に乗ってテルミニ駅まで、ホテルに戻るとフィレンツェ2日分の小さな旅行バックを手に特急電車に乗車、フレンツェに向かいました。所要時間は1時間半ほどで到着。市内レストランに移動し、夕食はフィレンツェ名物の<Tボーン・ステーキ>!そのサイズのでかい事!!(負けじと完食いたしました)。

 フィレンンツェ初日は、メディチ家礼拝堂・サン・マルコ美術館、昼食を挟んでサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂、アカデミア美術館、サンタクローチェ教会、ミケランジェロ広場へ。街中を歩き回りました。ローマもフィレンツェも大型バスが街中に入ることはできません。観たい美術品を観ようと思えば、街中をくまなく歩くより方法はないのです・・・マァ!良く歩きました(この日は1万8千歩ほど.....)。

 美術三昧、大いに満足したフィレンツェ初日でした。ミケランジェロ広場でフィレンツェの街を見下ろしながらしばらく時を過ごした後、ここからは専用バスで夕食のレストランへ移動。郊外へ1時間弱バスに揺られて、キャンティ・クラシコのワイナリーへ。テイスティングやワイナリー見学(もちろんワインも購入)の後には、ワイナリーの経営するレストランへ移動。キャンティ・クラシコとワインに合わせた料理を楽しみました。フル・ボディーの赤ワインに、野鳥やイノシシに香草をたっぷり絡ませて焼き上げたジビエ料理です。

 レストランは我々日本人21名と、アメリカからデザインの研修旅行に来た30名ほどの若者の2グループ。彼らは若者らしくワイワイと賑やかにはしゃいでいます。食事も終盤に入った頃、会場にグランド・ピアノがあるのを発見して、我々全員で「ふるさと」を歌おうと言うことになり、同行した仲間のジャズ・ピアニストの女性に伴奏してもらうことになりました。

 その時、アメリカの学生を引率している先生(女性)がピアニストに近づいて、「<春が来た>を弾いてくれないか?」との依頼です。彼女が弾き始めると、朗々とした立派な声で「ハ〜るが来〜た、春が来た」と日本語で歌いはじめました。我々日本のメンバーも歌い出します。突然、レストラン会場に<一つ>の歌声が響き渡りました。突然<一つ>になったその変化は、まるで「魔法」のようです。

 アメリカの青年達は大喜び、「アメージング・グレイス」を弾いてくれ・・・とリクエスト、そして大合唱。先生は再び「春がきた」をアンコール。音楽が会場内を完全に「一つ」に変化させました。我々が「ふるさと」を三番まで歌い終えると、彼等は大喜びで拍手喝采・・・「音楽の力」をまざまざと見せつけられた一コマでした。
<アメリカからデザインの研修旅行に来た若者達>
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# by jmc_music2001jp | 2018-06-29 21:27
 <jmc欧州芸術と美食の旅`18>は6月5日、関西空港に集合した組と、成田より直接アムステルダムに向けて出発した関東組に分かれて出国いたしました。アムステルダムで全員が顔を合わせ、飛行機を乗り換えローマに向かいました。

 テルミニ駅前のホテルに投宿、長旅の疲れを癒すには寝酒に限ると、駅地下のマーケットで赤ワインと生ハムを入手して、無事の到着に乾杯致しました。

 行きの飛行機で、思わぬ事にエラク感激致しました。座席前のディスプレーに空路の現在地が表示されます。表示ソフトがアップルが開発(iPadやiPhone)したもので、指で拡大したり上下を移動させて表示できるものです。

 旅程の3分の2を過ぎた頃、海の底を見て驚きました。太平洋プレートが右側から日本に向かい、フィリピン・プレートが右下から上がってきて、それぞれがユーラシア・プレートの下に潜り込んでいます。その境目からは壮絶な断崖絶壁が立ち上がり、その縁に日本列島が浮かんでいる.......。その絶壁たるや想像もできなかったほどスザまじく「日本とはこのような絶壁の縁に沿って浮かんでいたのか!!」と心底驚きました。日本海溝はかなり深いと思ってはいましたが、アレは<凹み>だから・・・と、さほど気にはしていなかったのです。しかし、海の底に潜ってみると、プレートの接点から立ち上がる壮絶な断崖絶壁は<身の毛もよだつ>程に凄まじい・・ギアナ高地などと言う呑気なものではない。これが最初の「驚き」でした。

 ローマ観光初日は、運の悪いことに観光バス運転手のスト。我々の予約していた専用バスも運行されず、地下鉄での移動を余儀なくされました。イタリア初めての方もいらっしゃったので「トレビの泉」「スペイン広場」など、いわゆる「お上りさんコース」なども織り込みながら、ローマの街を歩きました。

 ガイド(イタリア人・日本語が上手)さんのローマへの知識が広く・深く、歩きながらの説明が大変興味深く、「勉強」になりました。印象に残ったのはパンテオン、ラファエロのお墓なども心に残りました。途中で立ち寄ったPICA(ローマで一番と言われるジェラード)も特筆されます。観光初日に歩いた距離は、2万歩!こんなに歩いたことは、記憶にありません!
<スペイン広場にて>
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# by jmc_music2001jp | 2018-06-28 02:18