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by jmc_music2001jp

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冬のミニ・コンサート

 jmc音楽教室の2019“冬のミニ・コンサート”を12月21日(土)に開催、独奏の他、冬恒例の「音楽物語」に<ヘンゼルとグレーテル>、家族連弾の出来栄えも大変立派なものでした。

 「音楽物語」の朗読には、幼稚園児や小学1年生2名が初挑戦です。2回の朗読レッスンと連弾との合わせ練習が1回、それに当日のゲネプロで本番を迎えます。

 今回の「朗読」には本当に驚かされました。初回「ひ・ろ・い・ひ・ろ・い....」と<ひらがな>一つ一つを読んでいた子が、2回目には「ひろい ひろい....」となり、3回目の本番当日には「広い 広い...」と<語り>始める!!!!

 もう一人の小1の女の子は、初回に必ず実施する「物語を聞いて、イメージする」「そのイメージしたものを絵に描く」という課題で<イメージ>することに(生まれて初めて挑戦して)悶絶するほど苦しんだ様子でした。<語り>は「森の中の湖」の情景を語っているわけですが、「浮かんだものを描いてごらん」と言うと、(水が流れる)<川>を描いたのです。「湖って知ってる?」と聞くと「知らない..」なるほど、知らないものはイメージできないよな・・・妙に納得。

 そんなコンナで始めたレッスンですが、1回目に色々説明して指導したことが、2回目には100%表現できていたし、3回目の本番では、あるお母さんが「劇団ひまわりの子役の子供みたい!!」と感嘆の声をあげる程の<朗読>をやってのけたのです!!!・・・今回の<朗読>には本当に驚かされました。本気で『日本の将来は、大丈夫かもしれない』と呟きました。
<朗読レッスン2回目/家族連弾>
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by jmc_music2001jp | 2019-12-23 01:15

“あっぱれ”な人生

 1978年、無類の“蝶”好きの中村哲が、蝶の採集にパキスタンを訪れ、そこでハンセン病に苦しむ人々に出会ったのが始まりであった。

 中村哲には“大きな愛”があった、医師として病気を治療する<知識>と<力>があった彼が、病気に苦しむ人々を目の前にして、治療に向かう事に何の躊躇もためらいもなかった。これがペシャワールに診療所を作り、無償の治療活動を始めた動機だ。それを日本から支えたのが<ペシャワール会>だった。1984年、中村哲38歳。以後35年間、凶弾に倒れる2019年12月4日まで、その命を賭してアフガニスタンの人々の為に尽くし続ける。

 十数年前、西日本新聞会館15階のロビーで、偶然に彼と出会った事がある。短い時間お話をしたが、その時<ペシャワール会>への想いを「足を向けて寝れない」という言葉で語っていた。

 <ペシャワール会>と彼の『想い』は完全に一体化して、<ペシャワール会>の存在は「自分自身の力」と感じていたに違いない。「きれいな水さえあれば死なないで済んだ」であろう子供たちを目の前にして、数千の井戸掘りプロジェクトに取り掛かる。2000年の大干ばつを体験して、水路を築くことがアフガンの復興に先決の課題だと判断し、プロジェクトにとりかかる。重機の操作は学べばできると思ったし、治水技術も調べれば分かるハズだと考えた。<力>は<ペシャワール会>が与えてくれると確信している。

 全長25Kmのマルワリード用水路が完成し、16,500ヘクタールの砂漠に緑が戻り、20万人の干ばつ難民が戻り、再び農業に従事できた・・・アフガン復興の雛形となった事業が成功したこの時期に、凶弾に倒れた中村哲の死を、文字通り世界中の人々が悲しんだ。

 福岡における葬儀の最後、アフガンの国旗に包まれた中村哲の棺が、霊柩車に運ばれ、参列者全員が頭をたれ合掌する中で、出立の合図が長く高らかに響いた瞬間、華奢な女性の手のひらが、何かに突き動かされたように『拍手』を始めた、その拍手は瞬く間に大きな“うねり”となって高まり、中村哲の棺は会衆の『賞賛の拍手』に包まれながら、ゆっくりと斎場を後にした。

 創造主の意図の核心とも言える“愛”を、ためらう事なく、大きく・強く・真っ直ぐに“行動”し続けた中村哲の一生は、真に『天晴れ!』な人生であった。
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by jmc_music2001jp | 2019-12-16 13:53

中村晢の葬儀

 12月11日(水)福岡市の積善社での告別式に参列いたしました。

 私は福岡高校卒業・第17回生、中村晢くんとは同期生です。当日会場には1300人の弔問者が訪れ、式典開始の時刻には会場に入りきれない弔問者が玄関の外にまで溢れていました。

 式典は関係者の弔辞や親族の挨拶に、参列者の献花による無宗教のスタイルで進行されました。余りにも多くの弔問者に、出棺の時間制限を迎えてしまい、残る数十人が献花さえ出来なかったような状態でした。

 喪主の挨拶にたったご長男、晢氏は家庭では優しいお父さんであったそうです。ただ、「理屈を捏ねる」に対してだけはひどく怒られたそうです、「俺は行動しか信じない」!

 これが、父・中村晢が息子に残した<言葉>です。その<言葉>通りを生き切った人生であったと思います。
<中村晢・告別式/令和元年12月11日/積善社・福岡斎場>

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by jmc_music2001jp | 2019-12-12 09:48
 夏以来、開発に取り組んでいた電子書籍「幼児の為の楽典」が10日、初版を発行することが出来ました。

 夏休みに帰郷した長男の息子(私にとっては孫!)にモニターを依頼して、誕生日の12月4日を目標に、初版の刊行を目指して開発を進めて参りました。音源にCDでも使用されている波形を採用して見ようと思い、全音源をその波形で作り終え、イザ組み込みとなって判明したのが.....開発ソフトがソノ波形をサポートしていない・・・!!!!.。従来から使用している波形で、全音源を作り直し....よくあります、この手の災難は....。

 初版第1号は孫への誕生祝いですから、表紙も特別に<非売品>として刊行いたしました。やれやれ、一区切りがつきました。
<奏くんとお母さんの為の楽典>(非売品)
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by jmc_music2001jp | 2019-12-11 01:49